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極東4th  作者: 霧島まるは


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黒黒黒

 朝。


 早紀は、夢から転がり落ちたまま、ベッドでぼんやりしていた。


 今日は平日だ。


 いつも通りなら、きちんと着替えて準備をして、学校へ向かわなければならない。


 真理と一緒に。


 そこだ。


 その部分が、早紀をベッドでぐずらせるのだ。


 ずきずきと鈍く痛む額が、否応なしに彼の存在を思い出させる。


 逃げた自分と、連れ戻した男。


 噛んだ男と、放り出された自分。


 そんな男に合わせる顔など、早紀が持ち合わせてはいなかった。


 本当に。


 夢の中にとどまっていられたなら、どんなに楽だったか。


 だが。


 早紀をただぐずらせてくれるほど、世界は彼女に優しくなかった。


 突然のノック。


 早紀は、毛を逆立てた。


 慌てて時計を見る。


 しかし、まだ登校の時間ではなかった。


「タミです」


「ひゃあい」


 名乗られた瞬間、ビビった勢いで反射的に変な声を出していた。


 真理でなかったことにほっとすると同時に、何故彼女が自分の部屋に朝っぱらからきたのか、という疑問がわきあがる。


 だが、その思考は自分が思ったより、ゆっくりだったようだ。


 その間に、ドアを開けたタミが、すっと部屋の中に入る。


 ちらと室内を見ただけで、彼女は早紀の存在をきちんと認識しようとはせずに、クローゼットに向かったのだ。


 開けた瞬間。


 一瞬、タミが固まった。


 ハンガーに並んでいるのは、買い与えられている黒い黒い黒い服。


「はぁ…」


 彼女は、深いため息を漏らす。


「???」


 ベッドの上の早紀は、その落胆めいた背中を眺めているしかできなかった。



 ※



「あ、あの…?」


 タミの背中に、ついに早紀は声をかけた。


 早朝からの訪問の意図を知ろうとしたのだが、彼女の言葉は、タミに自分の位置を認識させたようだ。


 振り返った視線が、すんなりと早紀を捕まえる。


 確認するように一度まばたきする、整えられた目元。


 そして。


 表情を、微かに曇らせる。


 タミの視線は──早紀の額に注がれていた。


 あっ。


 慌てて傷を隠そうとしたが、時すでに遅し。


 みっともないものを、見られてしまった。


 疑問よりもバツの悪さが勝って、早紀は小さくなりかける。


「部屋へ」


 彼女の存在を、見失わないようにか、タミが声をあげた。


 はっと顔を向けると。


「私の…部屋へ」


 そう言うなり、出口の扉へと向かおうとするのだ。


 え?


 全ては語られなかったが、タミの部屋に来いと言ったのだろうか。


 一体、どうして?


 心当たりがあるとしたら、昨日だ。


 真理とのトラブル。


 それを、ほんの少し垣間見たタミ。


 だが、その事件とクローゼットの、因果関係は分からない。


 タミの部屋へ行く因果関係は、もっと分からない。


 朝から部屋を襲撃されて、落胆されたり、傷を見られたり。


 一体、彼女は何を。


「声…」


 出口の扉で一言だけ。


「は、はい」


 反射的に、答えてしまう自分は、一体何の病気なのか。


 ついていかなくてもいいという選択肢は、早紀にはないようだ。


 疑問という以前の思考の中、彼女はのそのそとベッドから足を下ろす。


 とりあえずいまは。


 真理に合わなくていい口実だと思えば、理不尽な誘いでも、ついていけそうな気がした。



 ※



 タミの部屋は──黒かった。


 いつの間に、調度品を運び込んでいたのだろう。


 元々、どんな部屋かは知らないが、カシュメル家のものとは違う黒が、部屋を覆いつくしていたのだ。


 光沢のある、金属のような黒が多い。


 おずおずと、慣れない部屋に足を踏み入れた早紀は、前をゆくタミが、やはりまごうことなくクローゼットに向かうのを見た。


 そして。


 開け放たれる。


 黒、黒、黒。


 しかし、早紀の部屋の黒とは違う。


 光沢も、黒具合も、ラインも。


 一目見ただけで、早紀のただの黒い服の海とは違うと分かった。


「脱いで」


 その服を、手袋の手で器用により分けながら、タミは言う。


 ぬ、ぐ?


 早紀は、思わずきょろきょろした。


 脱ぐって。


 自分を見ると、しょぼいパジャマ姿。


 脱ぐものなんて、これくらいしかない。


 しかし、脱いでどうするというのか。


 雰囲気的に、タミの出す服と着替えるということなのか。


 早紀の部屋の服では落第で、自分の服を出そうとしているように見える。


 何故か、という理由は分からないままだが。


「えっと」


 まごついている早紀を尻目に、タミは黒いレースで作られたドレスを引き出す。


 それを、じいっと見ている。


 たらっと。


 早紀は、いやな汗をかいた。


 まさか、それを自分に着せようということじゃないよね、と。


「脱いだ?」


 振り返ったタミの一言に、早紀は別の意味で逃げておけばよかったと後悔したのだ。


「まだ…です」


 困った眉間を作った瞬間、額がズキッとひどく痛む。


 真理に、「逃げるな」と言われた気分だった。



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