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極東4th  作者: 霧島まるは


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かけるべき言葉

---

「ただし…あなたが追わなければなりません」 


 早紀の魔力の糸を、自分から切り離す前――タミは言った。


 この糸の戻る場所を、真理自らが追え、と言うのだ。


 ただでさえ理不尽に出て行った者を、カシュメルの当主である彼が。


 タミは、自分の青い手のひらから伸びる糸を、不服げに見下ろした。


「この糸は、純粋な彼女の魔力で出来ています…ということは、切り離した途端…私は見失ってしまうでしょう」


 不服なのは、早紀の存在を見失ってしまう自分について、か。


 タミの言葉は、彼女の持つ正しい知識で出来ている。


 カシュメルが――いや、早紀と契約している真理でなければ、糸を追えないと言うのだ。


 手のかかる。


 ため息の後。


「糸を切れ」


 そう、指示を出した。


 しゅるんっ。


 戒めから逃れた早紀の糸は、風などない室内で、一度うねるように舞い上がった。


 タミは、宙に視線をさまよわせている。


 もうおぼつかなくなったのか。


 次の瞬間。


 糸は、最短距離をゆくべく、窓のわずかな隙間をすり抜けた。


 あの通りに、追え、と。


 ふぅ。


 真理は、窓辺に近づくと、そのガラスを開ける。


 まだ、明るい外。


 生身で飛ぶのは…久しぶりだな。


 人間に見られず飛ぶくらいは、まったく問題はない。


 問題は。


 他の魔族。


 カシュメルの当主が、真昼間から生身で空を飛ぶ。


 どんな、あらぬ噂を立てられるものか。


 しかし。


 真理には、選択肢はなかった。


 こうしている間にも、糸は遠くへと向かう。


 ああ。


 理不尽だ。


 真理は、窓から飛び立った。



 ※



 そして真理は、理不尽な女の前に立つ。


 二人──ずぶ濡れのまま。


 しかも、その水は塩水というおまけ付きだった。


 早紀が囚われていたのは、海中だったのである。


 自室の床を海水で汚しながら、真理は魔女を見下ろしていた。


 彼女はうなだれていて、死刑判決を待っているようにも見える。


 ふらふらと家を出て、海族に捕まって殺されかけてました、など失態と呼べるレベルではない。


 青い被膜の向こう。


 真理は、海中で見たのだ。


 彼女の首にかかる、男の手を。


 正確には、早紀の魔力の糸が、穴を穿った瞬間に見えたのだ。


 何を、素直に殺されかけている。


 真理は、目を見開いていた。


 そして──糸の穿った穴を引き裂いたのだ。


 海族の男を、見た。


 生まれて初めて見る、青の一族。


 氷の壁を突き破り、彼は水の主の顔をして、闇の鎧を見据えたのである。


 自分が生身であり、相手が鎧持ちの魔族であったとしても、一切の脅えも怯みもなかった。


 あの目は。


 戦う者の目だった。


 上に立ち、殺せる者の目だった。


 本能的に真理は気づいたのだ。


 海族と蝕を争うことになったならば、この男と相対することになろう、と。


 確かに、男は早紀を殺そうとしていた。


 だが。


 殺し方の、手ぬるさが気になってもいたのだ。


 その気になれば、早紀は一瞬で絶命させられただろう。


 憎い魔族の女を殺す方法とは、とても思えなかった。


 そして。


 男は、早紀を帰した。


 真理が奪い返したのは間違いないが、最終的にそれに男は同意したのだ。


 でなければ、海中であっさり見逃すはずがない。


 援軍を呼ぶことも出来たはずだ。


 なのに、見逃した。


 まるで。


 まるで、そう──早紀に、好意にも似た感情を抱いているかのように。



 ※



 好意?


 自分の思考に、嘲笑が浮かんだ。


 どこの世界に、魔女に好意を持つ海族がいるのか。


 そう思って、早紀の本当の母親の存在が頭を掠める。


 海族と、何らかの関わりのある魔女。


 死んでなお、娘を振り回し続ける。


 確かに、その女の血を、早紀はきっちり引いている気がした。


 でなければ、これほどまでに真理が振り回されることなどないのだろうから。


 人畜無害のようにうなだれる魔女から、海水がしたたり落ちる。


 彼がこのまましゃべらなければ、あと数十時間でもそのまま時を止め続けそうな気配だ。


 理不尽だな。


 その言葉は、山ほど彼の中で渦を巻き続ける。


 だが。


 早紀を打ちのめすほどの、強い怒りがわきあがらない。


 それが、真理にも不思議だった。


 いくら鎧の憑き魔女とは言え、死なない程度に怒りをぶつけることは出来るのだ。


 それほどの屈辱を、この女は真理に与えたはずである。


 逃亡し、海族の手に落ち、殺されかけ、それを当主自らに助けに行かせた。


 憑き魔女でなければ、間違いなく万死に値する。


 なのに、深く呼吸を繰り返しながら、早紀の前に立っているのだ。


 おそらく、あきれかえっているのだ、自分は。


 真理は、そう分析した。


 あきれすぎて、怒りを通り越してしまったのだ、と。


 だから、物も言えないでいる。


「………」


 物も言えない自分にしびれをきらし、彼は唇を開きかけた。


 しかし、声は出ない。


 何を言えばいいのか──さっぱり分からなくなってしまった。


 いつものように冷たく突き放し、部屋に戻せばいい。


 二度と部屋から勝手に出ないよう、出入り口に魔錠でもかければいい。


 なのに、真理は言葉を探せなかった。


 そう。


 彼は、早紀にかけるべき言葉を、無意識に探していたのだった。



 ※



 かけるべき言葉。


 そんなことに、何故自分は尽力しているのか。


 その事実に、真理は眉を寄せた。


 気をつかうべき相手では、決してない。


 下僕相手に、探してまでかける言葉などありはしないのだ。


 だが、真理は打ちすえる力も、罵る怒りも発揮できないままだった。


 いっそこのまま。


 早紀を置き去りに、部屋を出て行ってしまいたかった。


 この場にいたくないとさえ、思い始めていたのだ。


 しかし、ここは自室で。


 早紀を追い出すべきだった。


『部屋に戻れ』


 それだけ言えば、事は足りる。


 足りるのだ。


 それなのに──唇は動かない。


 足も動かない。


 俺は…どうしたいのだ。


 真理の矛盾する心を、砕くものがあった。


 ノックだ。


 この、海水まみれの二人に、割って入ろうとするものがいる。


「タミです」


 その声に、どこか安堵する自分がいた。


「入れ」


 声が、出た。


 さっきまでが嘘のようにあっさりと、当たり前のように言葉を発していた。


 ドアを開けた彼女は、すぐに部屋の中に視線を走らせる。


 早紀を探しているのだろう。


 その視線が、水に濡れた床に注がれ──そして、ようやく見つけたようだった。


 微かに、表情を緩める。


 早紀が見つかったことを、喜んでいるのだろうか。


 彼女は、真理へと視線を動かす。


 そして。


「折檻されますか?」


 涼しい声で、上に立つ魔族らしいことを言い放ったのだった。



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