三度目?
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伊瀬が、その青い空間から消えてしまったために、早紀は一人で取り残されることとなった。
人間のような様式で、暮らす魔族とは違う。
毎夜入る夢の世界にも似た、シンプルで何もない世界。
早紀は、壁にあたる部分に触れる。
微かな弾力と共に、彼女の指は押し戻された。
伊瀬は、自然にすり抜けて行ったが、普通に触れただけでは出られないのだろう。
ふぅ。
早紀は、床に座り込んだ。
これから、どうしたらいいのだろう。
次の蝕が来た時、自分の中の鎧は、間違いなく戦いたがる。
しかし、鎧の主とは遠く離れてしまっているのだ。
それで、鎧が許してくれるとは思いがたい。
更に。
早紀は、自分が鎧の憑き魔女である事を、伊瀬に伝えていなかった。
ついさっきまで、その事実を忘れていたのだ。
額の印の意味を知っているなら、既に気づかれていることだろうが。
とぷんっ。
壁がたわんだ。
反射的に振り返ると――伊瀬が、戻ってきたところで。
青ざめた、顔。
彼の肌は、しっかりと日にやけていて、普通ならば顔色は分からないはずだ。
しかし、青銅になってしまったかのような肌が、早紀の足を縫い止めた。
「すまない…」
一歩。
この空間の外は、真水か海水か。
しかし、雫ひとつしたたらせることなく、乾いたままの伊瀬は、一歩を踏み出した。
早紀の方へ。
ずしんと、床が揺れた気がする。
あ。
さあっと、血の気が引いていく。
「すまない…おそらく、『きみ』には罪はないのだ」
言っている意味は、分からない。
しかし、彼が何をしようとしているのかは、感じていた。
また、殺されるんだろうな。
早紀は、ため息をついた。
二度死んだ経験は――伊達ではなかった。
※
大きな手。
片手でも、楽に掴めそうなのに、伊瀬は両手を早紀の首に回した。
今度こそ…本当に死ぬんだろうなあ。
理由も分からず、既に二度殺されたのだ。
今度の死は、まだ分かりにくいながらに理由がある。
実の母親の、ツケを支払うということだ。
払ってやる義理などはない。
しかし、早紀が生きている意味を見いだせない以上、抵抗してまで生に執着する気になれなかったのだ。
「何故だ…」
首にかけられた手に、まだ力はこめられない。
代わりに、伊瀬の苦しげな声が漏れ落ちる。
「何故、君はそんなにも魔女らしくないのだ…海が…我らの力が、そうさせるのか」
魔女らしくないなんてもう、聞き飽きてしまった。
第一、少し前まで自分は人間だと信じて疑っていなかったのだから。
「魔族なんて……」
早紀は、首にかけられた手を温かくさえ感じた。
真理の手は――冷たかった。
彼は、早紀を一番最初に殺した。
脳裏に、真理の冷たさがよぎる。
「魔族なんて…クソ食らえよ」
言った直後。
胸がしめつけられた。
ああ。
思い出したくない記憶が、掠めてしまう。
初対面で、早紀を追い出そうとした男の子がいた。
それからずっと、追い出そうとしていた少年がいた。
今夜、家に帰ってくるなと言った男がいた。
「愛されろ」、と言った魔族が――いた。
あれは、なんだったのか。
彼は――何をしたかったのか。
今更。
今更考えても、何もかも遅く詮ないことだ。
早紀は、死ぬ。
今度こそ、本当に。
苦しげに、伊瀬は指に力を込めた。
その力に押されるように、早紀は天を仰ぐ。
青い天井。
その天井から―― 一滴、青い水がしたたった。




