そして早紀は死んだ
「さあ、役に立つんだ」
早紀をぶら下げたまま、修平は笑った。
「そのために…引き取られたんだから」
人間とは思えないほどの狂気の瞳と力が、早紀を廊下へと釣り出す。
いま、何と。
修平は、いま何と言ったのか。
遠い遠い親戚の早紀を、何故か引き取ってくれた優しい人たち。
何故か、引き取ってくれた。
呆然として、うまく考えられない。
抵抗も出来なかった。
一瞬すれ違った真理が──自分を見ている。
いつも通りの、目で。
すぐに、再び暗い部屋に連れ込まれた。
「美しき物よ…お前を甦らせる女を連れてきたぞ」
劇の様に大げさに、修平は引き上げている早紀を床に放り出した。
「ああっ!」
床に身体を打ちつけながらも、早紀はその先にあるものを見てしまった。
ほの白く、闇に浮かび上がる大きな物。
人のような姿のそれが、自分を見下ろしている。
それが、少し身じろいだかと思うと床が震えた。
とてもとても──重いもの。
「私がやろうか?」
修平の声が、廊下を向いていた。
「…俺がやろう」
声は。
真理のものだった。
ゆっくりと、背後から足音が近づいてくる。
早紀の、ほんのすぐ後ろに。
すぅっと、その存在が身を屈めた気配。
修平のもの以上に冷たい指先が、床の早紀の喉元にかかった。
何を…。
「言うことを聞かなかったんだ…あきらめろ」
真理の指が──喉を鋭く撫でる。
カッと。
焼けるような痛みが走った。
※
目の前に、黒いしぶきが飛ぶ。
それが何なのか、早紀は分からないまま見つめていた。
しぶきは、噴水のように前方に飛び散り、大きな何かの足元を濡らす。
なまあたたかい滝のような液体が、自分の喉を、制服を伝う。
声を出したかった。
なのに、声の出し方を忘れてしまった。
嗚咽ひとつ出せない。
それどころか。
息さえできていない気がした。
ひゅぅと、変な空気の漏れる音。
「素晴らしい! 素晴らしい!」
修平の声が、遠くに聞こえる。
ほの白かった存在の足元から、塗り替えられるように黒さが這い上がっていく。
それを呆然と聞くしか出来なかった早紀の頭の後ろに、冷たい吐息がかかった。
そう。
いま、彼女の真後ろにいるのは──真理。
「いいか…抵抗するな…愛されろ」
変な。
変な言葉。
ましてや、真理の唇から『愛』というものが聞けるなんて。
何に。
誰に。
視界が、次第に暗くなっていく。
全身の力が、何かに吸い取られていく気分だ。
心地いいではない。
深く辛い闇に、足を掴まれて引きずり込まれるカンジ。
それが。
『死』と言う言葉に、限りなく近いのだと、沈む意識の中で、早紀は気づいた。
そして。
早紀は。
死んだ。