遠い死神
「おはよう…大丈夫か?」
自分が、のんきに夢路に入れた理由は――目覚めてから理解した。
生きているのだ。
いや。
「伊瀬さん…」
助けられたのだ。
この海の種族に。
「水は君を殺せない…そして、水は私たちにつながっている」
死ななかった理由と、助けられた理由が、2つまとめて差し出される。
早紀の中の海族の力が、溺死を許してくれなかったのだ、と。
そっか。
早紀は、深いため息をついた。
また、ふてぶてしく生き延びてしまった、と。
見知らぬ、青い空間。
海の中の、そのまた大きな泡の中にいるような気がする。
ここが、本当はどこなのかは彼女には分からない。
別に、どこだってよかった。
生き延びても、現実は何も解決していないのだ。
「ただ…何があったのかまでは、私には分からない」
どんよりと沈んだ彼女に、伊瀬は理由を聞きたいように話を切り出した。
「もしや…私の頼んだことで、君に不利になるようなことが起きたのか?」
彼の続ける言葉は、イエスでありノーであり。
おそらく伊瀬が、一番心配しているであろう──要するに、早紀と伊瀬が密約を交わしていたことを、他の魔族に知られた、という最悪の事態はない。
しかし、預かった写真が、早紀の惰性で生きる日々に、大きな傷を作ったのは間違いない事実だった。
はぁ、と。
もう一度、ため息をつく。
自分を守る気力がないということは、どんなことも隠す必要がないということで。
早紀は、「その事実」を海族に伝えることのリスクを、まったく考えなかった。
本当にもう、どうでもよかったのだ。
「あの魔女…」
だるい唇をそのままに。
「あの魔女…私の…母だそうです」
あっさり、暴露してしまった。