矛盾
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「そんなのウソです!」
不覚にも、真理は驚かされた。
早紀の大声を、現実的に聞く日が来るなんて、思ってもみなかったからだ。
声は、廊下から。
距離があって、ドアという遮蔽物があってなお、彼の耳まで大きく届いていた。
何事かと視線を向けるが、ドアや壁が邪魔をして様子を伺うことは出来ない。
その後、大きな声は打ち止めになったらしく、それ以上の声は真理の位置まで届かなかった。
一体、誰相手に何の騒ぎなのか。
珍しすぎる出来事だから、なのだ。
真理は、ドアを開けたくなっていた。
しかし、理性がそれを押しとどめてもいた。
たかが早紀の大声で、自分が出て行くまでもない、と。
どうせ、くだらないことに違いない、と。
廊下は静まり返り、真理は興味を失うために視線を部屋の中に戻そうとした。
コンコン。
ノックが──それを許さなかった。
ぴりっと。
自分の指先に、電気が走る。
彼が持っている力は冷気であって、電気ではないというのに。
「僕だよ」
ドアの向こうにいたのは、従兄だった。
早紀ではない。
ふっと息をつき、中に招き入れる。
「一応、耳に入れておこうと思ってね」
斜め後ろを、一瞬見る動作。
さっき、早紀に大声を出されていたのは、この男なのか。
「彼女…変じゃないか?」
彼女、とは早紀のことだろう。
しかし、その彼女が変なのは、今に限ったことではないだろうに。
「魔女の写真を出して、この人を知らないかと言うんだ」
不可解な視線の動き。
「…誰の写真だったと思う?」
そんな修平の視線が、真理の眉間で止まった。
分かるはずのない真理は、瞼の動きだけで先を促す。
「彼女の…母親の写真さ」
一瞬──早紀の部屋で見た、魔女らしくない女の笑顔が、真理の頭をよぎった。
※
修平が真理に差し出したのは、あの母親の写真──ではなかった。
彼の言葉にショックを受けた早紀が、写真を置き去りにして部屋に駆け込んでしまったらしい。
写真の中にいるのは、騒々しそうな魔女。
早紀とは、似ても似つかない。
「これが…母親か?」
真理は、眉間をせばめながら従兄に聞いた。
「そうだよ…あの子を連れてきたのは、うちの両親だからね。母親の魔女のことは、ちゃんと調べてあるさ」
名前は──貴沙。
カシュメルの、遠い血筋。
そう説明する修平の言葉が本当ならば、早紀の部屋の写真は誰なのか。
あの、魔女らしくない女。
「別の女を、母親だと思っていたのか」
それ以外、真理には考えつかなかった。
この写真を、どうひっくり返しても、早紀の部屋の女にはならないのだから。
「さあ…よく分からないね。うちの親の遺品を整理すれば、何か資料があるかもだけど」
何しろ、大事な鎧のイケニエだろう?
ちゃーんと調べてあるはずさ──そう、修平は言うのだ。
早紀の両親は、どちらも魔族だ。
そう真理は、彼女に告げた。
それは、彼が両親のことを調べた、という言葉でもある。
その嘘を保守するためには、真実の母親のことくらい知る必要があるかもしれない。
あの早紀が、大声を出すほど衝撃を受けたのである。
真理に、聞きにくる可能性があった。
最近の早紀は、彼を驚かすことをするからだ。
「遺品を…見せてもらおう」
真理は、写真を机に置いた。
「今からかい?」
意外そうな修平の言葉には答えず、黙ったまま意思を伝える。
「…分かったよ、当主殿」
苦笑しつつ部屋を出る、修平について歩き出した。
「憑き魔女ってのは面倒だね…鎧に押し込んだまま、出さなきゃよかったと思わないかい?」
前をゆく修平は、振り返らないまま真理に軽口を叩く。
余計なお世話だな。
真理は──答えなかった。




