壁に耳あり障子に零子
ほけー。
早紀は、授業中ずっと、力尽きてぼんやりしていた。
校内での、ありえない来客とその内容で、すっかり疲れてしまったのだ。
やっと授業が終わって、これで帰れると思っていたら。
席の前に──零子が来ていた。
新たな来訪者に、早紀は飛びのきそうになった。
一体、何の用なのか。
零子は、じっと目をこらして、彼女の存在を確認しているようだった。
「今日、あなたがとてもよく見える時間帯がありました。だから、確認しにきたのですが…あの時だけだったようです」
零子の言葉に、ぎくりとした。
同じようなことが、前にもあった気がするからだ。
そう。
街で。
伊瀬といる時に。
「そ、それって…もしかして…応接室?」
おそるおそる、聞いてみる。
今日、伊瀬と会った場所だ。
あの部屋は、完全にドアは閉ざされていた。
「ええ…私その時、外にいたんです」
しかし、窓というものがあったのだ。
応接室は── 一階なのだ。
だ、大丈夫のはず。
早紀は、記憶を探った。
伊瀬はずっと窓に背を向けて、早紀の方を向いていたから、彼が何者かは見られてはいないはずだ。
「随分、親しそうでしたね」
冷や汗をダラダラかいている早紀は、その言葉に更に追い詰められる。
駆け寄って手を取ったところは、間違いなく見られたのだろう。
「あ、その、親戚…だから」
だらだらだらだら。
「そうですか…」
零子は、早紀のステルスにしか興味がないようで、そのまま背を向けて去っていこうとした。
ほっとしかけた早紀だったが。
「『あななたちの眷属』…不思議な表現ですね」
零子の捨てゼリフに、冷水をぶっかけられる思いを味わわされる。
声ではない。
きっと、目のいい彼女のことだ──早紀の唇を読んだに違いなかった。
※
言ってない。
早紀は、自分の口から海族なんて、一度も言ってない。
だから、零子は奇妙な表現にひっかかっているだけで、何の確証もないのだ。
何度も記憶をたどって、早紀はやっとその結論を導きだした。
いくら零子だって、魔族の学校に敵が入り込んでるなんて、想像もできないだろう。
そう、だから大丈夫。
「……」
しかし。
早紀は、別の意味でぎくりとさせられていた。
真理が、彼女を見ていたからだ。
そしてここは、帰宅中の車内だった。
一人で百面相しているのを、見られたに違いない。
無言なのが、余計に早紀の心に重圧を与える。
そんな真理が――いまのカシュメル家の当主。
早紀や、写真の魔女の、血筋の頂点に君臨しているわけだ。
彼に聞けば、分かるだろうか。
謎の魔女のことを。
しかし、何故かと聞かれたら答えられない。
写真の出どころも。
真理に問うにしても、もっと外堀を埋めなければ。
それより。
まだ、修平の方が聞きやすそうだった。
好きになれないタイプではあるが、真理ほど追い詰めてこないのではないかと思ったのだ。
「修平さん…」
屋敷に帰り、当主が自室に入ったのを確認した後、早紀は廊下を歩いていた修平を呼び止めた。
「この人…カシュメルの血筋らしいんですが、ご存知ですか?」
イキの良さそうな、魔女の写真を取り出す。
どきどき。
自分の、喉のあたりに心臓がある気がした。
「ん? あぁ…どこかで見たような」
写真を覗き込みながら、修平は眉間に指を当てる。
「あぁ…あぁ?」
納得したような声が、中途から不審な疑問に変わる。
ギクリ。
嫌な予感が、電流のように首筋を走った。
「…馬鹿にしてる…わけじゃないよね?」
奇妙な言葉と、あからさまな怪訝が──早紀に向けられたのだった。




