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極東4th  作者: 霧島まるは
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「だから…出て行けと行ったんだ」

「私が見たいのは、これではない!」


 ドアの向こうで、修平が声を荒げた。


 本当に彼の声かと、一瞬耳を疑うような感情的な声。


「違うだろう? 分かっているだろう? 本物はこうじゃない」


 高揚していく、狂気的とも思える修平の声が続けられる。


「本物は、吸い込まれるほど沈んだ闇の色をしているはずだ!」


 強く、強く、誰かに言葉をぶつけていく。


 その声が、いきなり途切れた。


 何の話をしているのか。


 修平は、何を考えているのか。


 早紀は、声をかけられないまま、じっと外の声を拾い続ける。


「ああ、大丈夫だ…心配はいらない」


 沈黙の後。


 突然、修平の声が猫なで声に変わる。


「いま、私に見せてくれたものは本物だ…ちゃんと、私も分かっている」


 言い聞かせるような、ねっとりした声。

 

 早紀は、怖くなった。


 聞けば聞くほど、修平は修平でなくなってゆく。


 では、あれは誰なのだ。


 後見人ではないのか。


 一体、何を見ようとしているのか。


「分かっているとも…足りないものも、ちゃーんと分かっている」


 ざわざわと、早紀の背中を冷気が這い上がってゆく。


 言いようのない恐怖が、物理的なロープ以上に早紀を縛り上げる。


「だから…」


 ゆっくり、ゆっくりとした修平のその言葉。


 ドアという壁があるにもかかわらず、その壁を貫通して、いま一瞬、早紀に視線が突き刺さった気がした。


「だから…用意したよ、真理…君のために」


 きぃ。


 足元だけだった小さな光が。


 みるみる大きくなって、早紀の部屋の中に差し込んでくる。


 ああ…ああ…。


 大きくなった光に、彼女はさらされた。


 そして、四つの瞳が早紀に向けられる。


 修平と──真理と呼ばれた少年の目だった。



 ※


 あの真理が――驚いていた。


 床に転がる早紀を見て。


 初めて見るその顔に、早紀の方が驚いてしまいそうだ。


 しかし、そんな場合ではない。


 彼女は、不自由な姿のままで、二人を見上げた。


 驚いている真理の横で、修平は薄ら笑いを浮かべている。


「ほら…真理…これが必要なものだろう」


 何を。


 修平は、何を言っているのか。


 彼の指す手は、早紀の方を向いている。


 笑顔をたたえ、瞳は恍惚と輝きながら真理を見ていた。


「この大事な日に、この子を家に置いておかないなんて…駄目じゃないか」


 修平の瞳が、ふっと自身の手へと落とされる。


 左の手首。


 時計の位置。


 修平の唇の端が、ゆっくりと上がる。


「ハッピーバースデイ、真理」


 瞬間。


 ゴトリ、と重い音がした。


 二人の男の、もっと後ろ。


 ミシミシと、床がきしむ。


 一筋の、冷たい空気が早紀の鼻先を撫でた。


 何。


 四本の足の向こうは、暗い空間。


 そこで何の音がしているのか、早紀は目をこらして見ようとした。


「さあ、お目覚めだ」


 修平が、音の方を──ではなく、早紀の方へと歩みを進めてくる。


「長い眠りだったんだ…おなかをすかせているんだ…かわいそうに」


「あっ!」


 早紀は、縄を切られた事実を認識する暇もなく、右腕を掴まれ引き上げられた。


 自分の足で立っている、ということではない。


 修平の片手に釣り上げられるようにして、ぶらさがったのだ。


 不安定に、足がゆらゆらと揺れる。


 痛い、という事実より先に、全身を襲う恐怖。


 掴まれた手の冷たさが、つま先まで凍らせるようだ。


「だから…」


 そんな恐怖の彫刻と化した早紀に。


 真理が、小さくため息をついた。


「だから…出て行けと行ったんだ」



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