わずかな歩み寄り
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『あわわわわ…』
早紀の、奇声が聞こえた。
鎧の内部から反響するように、真理に伝わってくる。
相変わらずの、緊張感の足りなさだ。
しかし、それは彼女がステルスを解いたということで。
用意した医者と、自分の判断で戻していいという二つの条件を、早紀が飲んだのだろう。
うるさい。
ステルスを解けとは言ったのは確かだが、やはりつながるとそう思わずには言われない。
本人が、いろいろ混乱しているせいか、伝わってくる音もこんがらがっていたのだ。
意味不明の、しかし現状に関する単語だけが、鎧の中を飛び交う。
おっと。
早紀がうるさいということは、敵さんには自分が見えているということだ。
突然現れた真理に、一瞬驚いて止まっていた重症の天族が、はっきりと目的を持って剣を掲げて突進してきている。
斜め下方では、別の火花が散り始めていた。
「なんだ…その力はっ!」
動くのもやっとのはずの真理の敵は、しかし、剣と共に問いを発する。
見えない彼の能力に、問わずにいられなかったのか。
フッ。
敵の質問に、答えるわけがない。
敵に贈るものは、答えなどではなく、苦痛だと決まっているのだから。
剣を受け流し、真理は左手の指で自分の刀の表面を、強くなぞった。
鋭い指の動きに、多くの氷の棘が刀からへし折られ宙を舞う。
真理は──冷気を呼んだ。
「貫け…」
冷気に乗った氷の棘が。
金の鎧に突き刺さってゆく。
「我が名はカシュメル…貴様は、先の大空蝕には参戦したのか?」
宙で崩れ行く敵に、真理は名乗り、そして問いかけた。
ああ。
そして、気づいた。
敵に問いかけなどしても無駄だ、と。
さっき、自分がそう思ったではないか。
敵に与えるものは──苦痛のみ。
真理は。
最後の一撃を、振り下ろした。
※
「能力を、解いているのか」
1stの登場に、真理は微かな笑みを浮かべていた。
兜のせいで、それは相手には伝わっていないだろうが。
「蝕の番が必要でしょうから」
今日は、真理が一番速く到着したのだ。
そして、ステルスを解かなければ、番が出来ないのは前回で学習していた。
戦闘行動がなければ、早紀もおとなしい。
「そうか…下はもう終わるだろう。2対1だからな」
1stと4thが、ここにいるのだから、彼のいう2とは、2ndと3rdのこととなる。
1stが1体、真理が1体、そして二人が1体。
敵の合計は、3ということか。
「敵は、おそらく一人代替わり待ちだろう…いつ参戦するかは知らんが、な」
前回、敵の1stが不在だった。
今回もとなると、蝕を巡る戦いとは別の理由で、死んだ可能性がある。
逆に魔族は、去年のトゥーイ、今年の真理と一気に四席が埋まった。
そして、天族は真理を攻略できていない。
極東の蝕を、しばらくは天族が取れるとは思えなかった。
「しかし、ここまで順調に蝕が取れると…要求が増えてくるな」
下方の火花を見ながら、1st──イデルグは、苦笑にも似た音を漏らした。
「これは…『青』ともやる羽目になりそうだ」
面倒なんだがな、あいつらは。
『……っ!』
イデルグの言葉に、真理はああと納得した。
要求というのは、彼らの更に上からだろう。
極東エリアの上に、亜細亜エリアがある。
勿論その上も。
海に面したエリアでは、「青」と蔑称される厄介な海族がいるのだ。
「………」
真理は、ふと思考を止めた。
何か、不自然な事象が起きた気がしたのである。
ほんの少し前。
彼が、海族について納得する直前。
『……っ!』←驚きにも似た、息を呑む一瞬のこの音は、何だったのか。
真理ではない。
ということは、早紀か?
しかし。
当の早紀は──既に、ステルスの殻の中に閉じこもっているようだった。




