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極東4th  作者: 霧島まるは
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授業

---

 情けないパジャマ姿から、着替えを終えた早紀は、枕元をじっとみた。


 母の写真から少し離れたところに、リボンを置いていたのだ。


 夢の中に持ち込んだとは言え、実際にリボンを巻いたまま寝ていたわけではない。


 どうしよう。


 と、思いながらも、早紀はリボンに手を伸ばしていた。


 ただの細長い布に感じるが、それを自分の左の髪に近づけると。


 しゅるり。


 生き物のように動き始め、リボンは早紀の髪を編み始めるのだ。


 伊瀬のくれた、海のリボン。


 そして。


 もしかしたら、自分の中の『水』と、何か関係があるのかもしれない。


 けれど、父親の記憶なんかない。


 聞いた記憶もない。


 問題は。


 この事を、鎧以外に話せないことだ。


 あの鎧の男は、早紀が何の種族であれ、興味もないし頓着もしない。


 だが、魔族にとって、他の種族は敵なのだ。


 そして、更に早紀の味方にならないものが増えた。


 タミと呼ばれる魔女だ。


 あの黒々しい彼女なら、ホウキに乗って空を飛んでいても、とても似合うだろう。


 いまどき、ホウキに乗る魔女がいるのかどうか、早紀は知らないのだが。


 真理のお相手になるということは、家柄もしっかりしているのだろう。


 幸い。


 彼女も、上手に早紀を見失ってくれる人のようだ。


 それを生かしながら、逃げるしかない。


 早紀が、そんな消極的理論に走っていた時。


 またも、部屋がノックされた。


 うう。


 もう、真理とタミでおなかいっぱいな上に、彼女には考えなければならないこともあるというのに。


「は…い」


 歯切れの悪い声で、返事をする。


「タミです…入ってもいいかしら?」


 あう。


 訪問者は──おなかいっぱいの片割れだった。



 ※



 何の用だろう。


 何故か早紀の部屋で、お茶の準備が始まった。


 来たばかりの彼女は、それが自分の権利であるかのように、使用人を使っている。


 さすがは、良い家柄だ。


 未だ早紀は、彼らに何かを頼むことさえ、ほとんど出来ないでいるというのに。


 まあ。


 早紀の能力上、使用人たちも彼女の存在を、うすらぼんやりとしか認識していないのかもしれないが。


 お茶の準備が終わるまで、何の話も始まらない。


 ソファに、向かいあって座っていながら、早紀はいたたまれない時間を過ごさなければならないのだ。


 しかし、タミは大きな目で、まばたきもほとんどしないまま、彼女をじっと見つめ続けている。


 睨まれている気がして、しょうがない。


 だが、その凝視っぷりは、どこかで覚えがあるものだった。


 あ。


 零子だ。


 学校で、彼女が自分を見る時も、そんな目だったのだ。


 まばたきの隙に、早紀が消えてしまうとでも思って──ああ、なるほど。


 納得した。


 タミも、彼女を見失うまいとしているのだ。


「しゃべってくれないかしら」


 使用人たちが下がった後、最初にタミが言ったのは、そんな言葉だった。


 な、何を?


 早紀は、たじろいだ。


 ちょっとだけ、ギクリとしていた。


 自分の中にある、何かを白状しろと言われた気がしたのだ。


 しかし、その秘密を共有しているのは、早紀と鎧の男だけ。


 彼女が、知っているはずがない。


「何でもいいから、声を出して…もう、ぼんやりとしか見えてないの」


 その声には、悔しさが混じっている気がした。


 早紀を見失うのは、屈辱なのだろうか。


「は、はい」


 何でもいいと言われたので、とりあえず返事を返す。


 すると、黒く大きな目が、はっきりと早紀を真ん中に映した。


 ほぉっと、タミは安堵の吐息をつく。


「まるで…海族といる気分だわ」


 その、吐息の影から呟かれた言葉は──早紀の鼓動を止めるかと思った。



 ※



「海族を…知ってるんですか?」


 反射的に、早紀は食いついてしまった。


 いま、彼女の中で一番大きくなった、その種族の話だ。


 まさか、タミの口から出てくるとは、思ってもみなかった。


「私は、鎧鍛冶の一族よ…天族も海族も敵ですもの…敵を知らなければ、鎧は作れないわ」


 真理は、名前しか紹介しなかったため、彼女の口から語られることは、とてつもない驚きだった。


 もっと、貴族っぽいお嬢様かと思っていたのだ。


 鎧鍛冶、ってことは。


 早紀の頭に、鎧の男がよぎった。


 金属の防具のはずなのに、意思らしきものを持っている。


 彼を作った一族だろうか。


「海族って…どんな相手です? ま、まだ、戦ったこと、なくて」


 早紀にしては、随分慎重に言葉を選んだ。


 戦い以外で、海族に興味を示していると思われると、不都合だったのだ。


 これなら、自然な質問ではないか──多分。


「………」


 大きな瞳が、じっと早紀を見る。


 真意を見抜かれる気がして、つい目をそらしてしまった。


「そうね…彼らは、水の中では自由に姿を隠せるから…誘い込まれない方がいいわ」


 だが、少しだけタミの雰囲気が変わった気がした。


 言葉が、するすると出てくる、というか。


 さっきまでは、どこか早紀を警戒している様子も感じられたが、それが少しだけやわらかくなったような。


「雨の日は、更に危険よ…雨の日に海上で蝕が起きたなら、その蝕は諦めるべきだわ」


 それから──


 早紀は、あっけにとられていた。


 タミの唇は、どんどん知識を溢れさせていくのだ。


 蛇口をひねったかのように。


 もしかして、この人って。


 早紀は、ありがたい情報を流し込まれながら、タミを盗み見た。


 この人って──戦闘ヲタク?



 ※



 レコーダーが欲しい。


 早紀は、講義を受ける生徒となりながら、切実にそんなことを思っていた。


 タミの語る言葉は、理解できないものが8割だったのだ。


 冷静な口調ではあるが、彼女の戦闘に対する蛇口は、締められることなくダダ漏れになっている。


 しかも、難しい専門用語がバンバン飛び出すからたまらない。


 それは何? どういう意味?


 質問を挟む隙間さえ、見つけられないのだ。


 しょうがなく、分かる部分だけを、早紀は拾い集めた。


 力のベクトルは、x軸とy軸共に魔族と天族は真反対。


 海族は、x軸は魔に近く、y軸が天に近い。


 xとyの値が、真逆の海族もいる。


 説明の仕方はもっと違ったが、早紀は語られる言葉を、何とか頭の中でグラフに直すことが出来たのだ。


 海族の、特殊なベクトルのゆえに。


「海族は生まれつき、天族にしか効かない力を持つものと、魔族にしか効かない力を持つものに別れてしまったの」


 言葉の糸が、早紀のグラフの上をすべり落ちていく。


 ということは、海族とは言っても、実質的な力は魔寄りか天寄りということだ。


 伊瀬は、どっちだったのだろう。


 早紀を傷つけなかったということは、魔寄りだったのだろうか。


「勿論…物理的な力技は、別ね」


 伊瀬のことを考えていた、彼女の頭の上を言葉が流れる。


 その言葉には、若干の軽蔑がこもっていた。


 野蛮な、とでも言いたげなのか。


「だから海族の戦士は、みな物理能力を鍛えるの…魔にも天にも対抗できるように」


 ああ。


 納得してしまう。


 彼の、素晴らしい身体を思い出してしまったのだ。


 極東魔族の四席の中で、あの身体に対抗できるのは、おそらく1stだけだろう。


「だからこそ…不思議なの」


 何か、鋭いものが、刺さったかと、思った。


 それが、タミの視線だと分かり、びくびくと彼女を見返した。


「天にも魔にも効く…能力があるなんて」


 鋭い目の中を、xとyの軸がうねる。


 早紀の力のベクトルに──その黒い手袋を伸ばそうというのか。



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