ごあいさつ
「おかあさん、おはよう…」
ちょっと複雑な気分で、母親に挨拶は済ませた。
夢の中から持ち帰った、記憶のせいだ。
早紀の、父親に関すること。
確かに、住んでいたところの近くに、海はあった。
母親と出かける時に通る道は、いつもどこか魚の匂いがしていて。
だが、それ以外の父親の記憶や、海との関連を探そうとしたが、有力な手がかりはなかった。
そんな、早紀の記憶の糸は、途中で切れてしまう。
好きで切れさせたわけではない。
ノックのせいだ。
「は、はい…」
ベッドの上に座ったまま、母の写真と向かい合って、結構考え込んでいたようだ。
反射的に答えはしたものの、早紀はまだパジャマのままだった。
慌ててドアの向こうに、ちょっと待ってと言おうとした彼女だったが。
遅かった。
ドアが、開いてしまったのだ。
あわわわ。
早紀は、ベッドの上に座ったまま、お客を迎えるハメになってしまったのだ。
そして。
最悪なことに、来訪者は──真理だった。
あ。
昨日の件もある上に、パジャマのままとは、気まずいにもほどがある。
最悪な状況に、早紀が小さくなっていると。
真理が、一人ではないのに気づいた。
彼の後ろに、誰かいる。
修平かと思ったが、もっと小さい。
立っていたのは、真っ黒い女性。
早紀の第一印象は──それ。
真理は、ベッドの上の情けない彼女を見るや、ため息をつく。
「お前は…」
彼の呟いた一言で、十分だった。
痛いほど、早紀もそれに打ちのめされている。
初対面の相手に、いきなりパジャマで会うなんて、と。
だが、その女性は、大きな瞳で部屋の中を見回す動きをした。
「ところで…『その方』は、何処に?」
幸か不幸か。
早紀は、彼女に認識さえしてもらえなかったのだった。
※
「す、すみません…ここです」
そのまま消えてしまいたかった早紀だが、小さい声で自己を主張する。
すると、大きな目が更に大きく見開かれた。
間違いなく、早紀を見つけた目だ。
その強いまなざしに、彼女は焼き殺されそうだった。
一体、どちら様かは知らないが、こんな家にやってくる女性だ──魔女に決まっている。
「タミ、です…今後ともよろしく」
パジャマ姿で、情けない姿の早紀に対し、それでも彼女は挨拶を投げる。
ただ。
言葉は控えめだったが、態度はやや上からだった。
その様子に、早紀はビビりながらも、しかし、気になることがあった。
今後とも?
タミと名乗った女性は、そう言ったのだ。
まるで、これから自分と付き合いが出来るかのように。
「ええと…」
どう挨拶をしていいか分からずに、早紀は真理を見た。
まだ、いっぱいわだかまりのある相手ではあるが、説明してくれそうなのは、この男しかいなかったのだ。
「これから、一緒に暮らす相手だ」
その男とやらは、こともなげにそう言い放つのだ。
一緒に…暮らす?
ま。
まさか。
冷や汗をかきながら、おそるおそるタミを見た。
手袋に、ブーツ。
上から下まで全部真っ黒の彼女は、早紀を値踏みするように、じっと見ている。
まさか、この女性が。
頭の中に、零子との会話がよぎる。
『男は…子供を産めませんから』
この女性が──真理の相手!?
あいたぁ。
早紀は、ベッドの上で半泣きになりそうだった。
彼女の想像していた通り、キツそうな魔女と、最悪とも言える初めての対面をしてしまったのだから。
「早紀です…ヨ、ヨロシクお願いします」
しゅうんしゅうん。
小さくなりすぎた早紀を──またも、タミは見失ってしまったようだった。




