なぜこんな有様
よかったよかった。
放課後の早紀は、安堵の塊だった。
昼休み、修平に電話をしたところ、彼の実家に泊めてもらえる手はずを整えてもらえたのだ。
これで、真理の機嫌を今以上に損ねずに、なおかつ早紀も安心して眠れる。
学校まで、修平が車で迎えにきてくれる手はずになっていた。
裏門での待ち合わせなのは、表門だと真理の迎えの車と鉢合わせる可能性があるからだ。
修平を巻き込んだ事実を知って、不機嫌の材料にされると困るので、裏門の提案は願ったり叶ったりだった。
そんな夕方の裏門に。
車が横付けされる。
見覚えのある、修平の車だ。
「すみません、修平さん」
窓を開けて顔を見せてくれる彼に、ぺこりと一礼。
後見人ということで、とりあえず付き合いはあるし、軽い話はするものの、仲がいいというのとはちょっと違う相手。
ただ、早紀よりもずっと大人なので、困った時には頼りになる。
「かまわないよ。やれやれ、真理にも困ったものだね」
修平の苦笑を聞きながら、後部ドアを開け早紀は乗り込んだ。
ただ。
気になるところはある。
いままで、真理に早く出て行け的なことは、何度も言われていたが、今日のような特殊な話は初めてだったのだ。
「今夜、何かあるんですか?」
空気女の早紀が、ぼそっとそれを聞いてしまった。
相手が、修平という気楽さもあったのだろう。
彼なら不快なく答えてくれるのではないか、という。
ふっと。
運転席の気配が途切れた──気がした。
はっと前を見ると、修平の後姿は変わらずそこにある。
運転しながら、いきなり人が消えるはずなどないのに。
しかし。
その姿が見えているにも関わらず、気配を感じない気がした。
「そうだね…」
あっ。
静かな静かな修平の声に、早紀の首筋がぞくっとした。
ぞわっと、の方が近いか。
とにかく、悪い感覚がいっぱい早紀の首筋にまとわりついたのだ。
簡潔に言おう。
修平が── いきなり、知らない人間になった気がした。
※
それから。
それから、どうなったかなんて、早紀は覚えていなかった。
突然、目の前が暗くなって、考える力なんかこれっぽっちも残らなくて。
そして、とにかく暗い暗い闇の中を泳いでいたのだ。
そんな闇の中から、彼女の意識が引っ張りあげられたのは、硬い床を歩く足音が、鼓膜に響いたから。
しかし、目を開けてもそこは闇だった。
かび臭さと冷たさでいっぱいの空間。
早紀は、自分が冷たく固い床に、片方の耳を押し付けるように倒れていたことを知った。
なん、で?
慌てて起き上がろうとするが、身体に力が入らない。
というより、腕が妙に痛いし、自由に動かせない。
どうやら、縛られているようだ。
なんで、私…。
イモムシのようなだらしない状態で、早紀は近づいてくる足音へ、顎を動かすので精一杯だった。
覚醒そのものも、完全ではないせいで、頭もぼんやりする。
「さあ……約束だ。見せておくれ」
かすかな明かりが見えた。
そこに扉があるらしく、下の少しの隙間から、明かりが入ってきたのだ。
声を出して呼びかけたかったはずなのに、逆に早紀は息を飲んでこらえた。
聞こえてきた声が──修平のものだったのだ。
ぼんやりする頭でも分かった。
彼に助けを求めてはいけない、と。
何故か。
それは、いま自分がこんなところに転がっている「何故」と、つながっているからだ。
混乱する記憶の中で、最後に感じたあの違和感。
いままで優しいお兄さんみたいな存在だと思っていたのが、ああもあっけなく簡単に違う生き物になるなんて。
きぃ。
ドアの開く音。
どきっとしたが、開いたのは早紀のいるドアではなかった。
おそらく、向かいのドア。
下から差し込んでいた明かりが、遠ざかってゆくから。
何をしてるんだろう。
そして。
自分は、なぜこんな有様なのだろう。
ほんの微かな明かりの尻尾を眺めながら、早紀は不安と疑問と一緒に縛り付けられているのだった。




