同じ立場
真理と一緒に、登校する。
車から、彼らが降りた瞬間。
「鹿島さまぁ~」
突然、女生徒たちが、真理に向かって襲い掛かってくるではないか。
その勢いに、早紀はぽいっちょと、群れから放り出された。
いたた。
何事かと、少し離れてその喧騒を見る。
真理は、確かに綺麗ではあるが、学校でこんな歓迎を受けたのは初めてだ。
毎日一緒に通っているのだから、確かだった。
「……おはようございます」
異様な事態を見ていた早紀は、その声が自分に向けられたものだとは、すぐには分からなかった。
何しろ、学校で彼女に声をかける人間など、皆無だからだ。
「え? あ? おはようございますっ」
はっと気づいて、声の方を振り返る。
ガラス玉のような目──零子、と呼ばれる女性だった。
あ、トゥーイさんちの。
階級など、よくわかっていないので、頭の中でそんな言葉を並べる。
きょろきょろと周囲を見るのは、あの独特の目の男が、一緒にいるのではないかと思ったから。
「ご主人様なら…あちらに」
手を捧げるように指す先には、やはり女生徒に囲まれるトゥーイの姿が。
えーと。
「黒い涙が降りましたから…みな、喜んでいるのでしょう」
他人事のように、零子はぼんやりと言葉にする。
はあ、なるほど。
痛みで余り覚えてはいないが、先日の初陣は、確か魔族側の勝利だったはず。
確かに、涙が黒く染まっていた気がする。
「でも、女ばかりですね」
早紀は、苦笑した。
そんなに嬉しいのなら、男も来てよさそうなものだが。
これではまるで、あの真理がアイドルのようだ。
本人は、さぞや閉口していることだろう。
そんな早紀の、何気ない言葉に。
「男は…子供を産めませんから」
さらりと──零子は、恐ろしいことを口にしたのだった。
※
「こ…子供?」
現実味のない単語を、早紀は繰り返していた。
「ええ…次の鎧を、継ぐ者が必要ですから」
しかし、零子は当たり前のように言葉を続ける。
んーと。
早紀は、出来るだけ彼女の言葉を、オブラートにくるんで考えることにした。
要するに。
真理を囲んでいる女性たちは――彼のお嫁さん候補、ということか。
なるほど。
だが、納得はするものの、ひっかかるところもある。
「でも、何で前から騒がなかったのかなあ」
真理が、鎧の継承者であることが、隠されてでもいたのだろうか。
「先日の戦いで、これからしばらく魔族の勝利を確信したからでしょう…魔女は強い者が好きですから」
さりげなく、零子は容赦なかった。
ぷっ。
意味を理解した早紀は、軽く吹き出してしまう。
階級が高いだけでは、魔女は群がらない、と。
あの真理が、いままで彼女らに品定めされていたと言うのだ。
ようやく、お眼鏡にかなったというところか。
その栄誉の歓迎を、真理は押し退けるように校舎へと向かってしまった。
トゥーイは、まだ囲まれたまま。
だからだろうか。
零子は、ここを離れる様子はない。
ガラス玉のような瞳で、魔女たちを見ている。
「お嫁さん候補に…興味あります?」
早紀は、ちょっとだけ気になった。
彼女の瞳は、トゥーイというより、そっち中心に向いている気がしたからだ。
「そうですね…死ぬまで一緒に暮らす人になりますから」
淡々と、零子は答える。
そっかあ、奥さんになる人とこの人は、一緒に暮らさなきゃいけな……あれ
え?
いま考えていたことは、零子だけの問題ではなかったのだ。
間違いなく――早紀も同じ立場だった。
※
何と言う、小姑プレイ。
早紀は、どんよりしながら授業を受けていた。
朝の零子との会話が、頭にこびりついて離れないのだ。
キツそうな人、多いんだよなあ。
穏やかとか優しそうなとか、そういう肩書きを持っている女性とは、なかなか出会えない。
何しろ、この学校の女性は、みな魔女だというのだから。
零子も、ぼんやりとしてはいるが、ボケというわけではない。
戦いの関係で、魔力を消耗していることで、あの気だるさが出ている可能性もあった。
その証拠に、今朝の状況判断は的確だ。
魔女たちの考えも分かっているし、鎧の持ち主が、早く子孫を残さなければいけないことも──妻になる人間と、自分が暮らす必要があることも、きちんと把握していたのだから。
絶対、いじめられる。
真理に鎧としてコキ使われ、その妻にいじめられる図は、容易に想像が出来た。
強制的に鎧にさせられた早紀は、自分の今後一生全部を、真理に捧げなければならないことまで、深く考えてはいなかったのだ。
屋敷を出て、一人で暮らす。
そんな、ささやかな考えも、簡単に吹き飛んでしまった。
どこかに、優しくて階級の高そうな魔女っていないかなあ。
早紀は、ロークラスしか知らない。
いわゆる、庶民の魔族のクラスだ。
そのせいもあって、本当にみな風変わりで怖い。
一方、ハイクラスの生徒たちとは、口をきくのも考えられなかった。
もし真理が親戚ではなく、一緒に暮らしていなかったら、やはり口はきけなかっただろう。
真理のことだから、きっと家柄は重視するだろうなあ。
となると、ハイクラスの相手に間違いない。
せめて。
せめて、私を無視してくれる人ならマシ。
そこまで考えて。
早紀は、はたと思い当たることがあった。
あれ、そう言えば私、人に無視される能力があったような。
結構──それは、便利かもしれない。




