から
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夜のうちに、真理は何箇所かに連絡をした。
だが、必要な答えは返ってこなかった。
早紀の傷について、だ。
鎧を持つ者たちは、みな特権階級の選ばれし者たちで。
真理のカシュメル家も含め、彼らは血族主義であるために、外部と鎧の情報を共有しようという気など、さらさらない。
だから。
その中でも、更に少ない憑き魔女の情報など、手に入れようもなかった。
一瞬。
頭に、トゥーイの顔がよぎる。
彼なら身近で、同じ憑き魔女を抱えている。
しかし。
真理が、彼に教えを請うなど──ありえなかった。
意外と、夜が明ければ、あっさり治っているようなものなのかもしれない。
トゥーイの憑き魔女も、一年鎧の役を引き受けているが、未だに登校しているではないか。
様子だけは、見てくるか。
朝、真理は早紀の部屋に向かうことにしたのだ。
彼女の部屋の前に立ち、澱むことなくノックをした。
返事はない。
まだ、寝ているのだろうか。
あるいは、やはり怪我が治っていないのか。
普段の生活ならば、起きていてもおかしくない時間なのだが。
真理は、鎧の主として当然のごとく扉を開けた。
そして見たのだ。
早紀は──ベッドの上に座っているのを。
起き上がれるのか。
その事実に、まずひとつ安堵する。
痛がっているような様子はない。
しかし、同時に違和感にも気づく。
ならばなぜ、ノックに返事をしない。
そして、何故。
こっちを見ない。
真理は、ツカツカとベッドへと近づいた。
「おい…」
その肩に手をかけると。
まるで、紙のように早紀はベッドへと仰向けに倒れたのだ。
瞳は、ちゃんと開いている。
しかし──ガラス玉のように、何も映してはいなかった。
※
いつもの存在感の薄さとは、まったく違う。
生気そのものが、希薄になってしまっている。
まるで。
大量の、魔力を抜かれたかのように。
まさか。
真理は、抜け殻になった早紀の胸元を開いた。
傷は──ほぼ、なかった。
金の糸ほどの、痕跡が残っているだけ。
この傷が、早紀の魔力を吸い取ったのかどうかは分からない。
しかし、いまの彼女は、「一応」生きているとしか言えないほど、魔力が枯渇しかけていた。
「……っ」
真理は、頭を抱えた。
大きな、葛藤があるのだ。
彼は、鎧の主で。
この早紀の主で。
そして、偉大なるカシュメル家直系の主でもある。
その真理が、どうして下僕のために、力を尽くす必要があるのか、と。
しかし、もしこの状態で、彼女が鎧になれなかったなら、真理は戦いに出られなくなる。
ならば、他の誰かの魔力を。
だが、自分より下に見ている相手に、魔力を分けてやるようなお人よしなど、カシュメル家の一族にはいない。
勿論、主である真理が命令すれば従いはするが、自尊心を深く傷つけられるだろう。
使用人たちは、かろうじて魔族と言える程度の低階級のものばかりで、早紀に分けるほどの魔力があるかも怪しいものだ。
深い眉間の皺の間で、葛藤と戦っていた彼は。
ついに、ベッドから離れた。
扉に向かって足を踏み出す。
開いたままの扉に手をかけ。
真理はそれを──部屋の内側から閉ざした。
ご丁寧に、魔力でカギをかける。
そして再び、早紀の元へと戻ったのだ。
これから。
これから真理がすることは、誰にも知られてはならなかった。
カシュメルの名において。
主が下僕に──魔力を分けてやるなど!