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極東4th  作者: 霧島まるは
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空の涙

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 真理の、プライドはずたずただった。


 対等に戦えていたはずの戦況は、早紀に邪魔され、ベルガーの助けを借りた上に、抉るような嫌味で畳み掛けられたのだ。


 これは、父親経由で受けた屈辱ではなく、真理自身が受けたものだった。


『痛い、痛い』


 そんな彼の頭の中には、ひよわな早紀の声が響き渡る。


 真理は、まったく痛くないため、その言葉に同調できるはずもなかった。


 鎧と魔女の同化についての基礎知識はあるが、全てを知り尽くしているわけではない。


 鎧が傷ついて、痛がるなんて想像だにしていなかったのだ。


 そして、真理は短い時間で選択を強いられる。


 このまま、痛がる早紀を引きずって実力で戦うか。


 再びステルスモードで、不意討ちで戦うか。


 この一瞬の迷いでさえ、二体の敵の片割れが、こっちに向かってくるには、十分な時間なのだ。


 そして。


 真理は、答えを出す必要がなかった。


 近づく敵を認識するや。


 ひよわな早紀の声が。


 聞こえなくなった。


 真理の指示も待たず――彼女は保身に走ってしまったのだ。


 おかげで。


 いきなり、真理を見失ったらしい敵の戸惑いを、目の当たりにさせられたのだ。


 これでは…ただの作業ではないか。


 忌々しく――真理は、刀を振り下ろしたのだった。



 ※



 トゥーイは、来ていないと思っていたら。


「奴なら、ずっと上空だ」


 三体を落として、蝕に戻ってきた真理に、イデルグは天空を指す。


 ちょうど、降下してくるところだった。


「トゥーイ卿は、目が効くからな…戦力が足りている内は、厄介な奴がこないか見張ってもらっていた」


「きませんね、向こうのトップも…青も」


 黒耀石の目を持つ鎧が、真横に立つ。


 その石が、まるで生きているかのように、兜の上を這いずった。


 本来、あるべき位置ではないところまで、自由に動いている。


「ついに、くたばってくれているなら万々歳だがな…まあ、青が来るには距離があるから、そっちはいいだろう」


 イデルグが、魔気を吐き出しながら、蝕を見つめる。


 ピークはとっくに過ぎており、もう少しで蝕は閉じるだろう。


 青か。


 静かすぎる鎧の中で、真理は屈辱にまみれたまま呟いた。


 もうひとつの種族――海族だ。


 奴らは、名前の通り海上が縄張りで。


 今回のように、蝕が陸地の上であれば、現れない。


 しかし、世界中の海の広さを考えると、侮れない勢力だ。


 今の真理は、自分の失態から逃避しようとしていたのかもしれない。


 新しい情報で、頭をいっぱいにしているフリを。


 しかし――黒耀石が、彼を見るように動いた。


 まるで、さっきの戦いぶりを、見ていたと言わんばかりに。


 カシュメルの名に、泥を塗りたくられた気分に、彼は耐えなければならなかった。


 これが…4thの立場か。


 だが。


「こうして、目の前にいるのに…霞んで感じるよ。僕のこの目でさえ…悔しいけどね」


 真理の、被害妄想とは裏腹に。


 トゥーイは、称賛を口にした。


 それは、真理自身ではなく――鎧を誉めたに過ぎなかったが。



 ※



「蝕が…終わるぞ、卿ら」


 トゥーイと真理の間の空気を、ベルガーが一言で断つ。


 非常によろしくない気分のまま、しかし真理は、空蝕の閉じゆく様へと視線を馳せた。


 初めての蝕と、その蝕の終わりなのだ。


 横向きにある瞼が、ゆっくりと閉じていくような様を、じっと見つめた。


 その瞼が、もとの空に触れようとした時。


 微かなきらめきを見せる。


 ああ。


 これが──涙か。


「染めるぞ」


 イデルグが、下から何かを捧げ持つかのように、両手を差し出す。


 鎧から溢れる魔気とはまた違う、明らかに故意に作り出す魔気を、その両手に乗せるのだ。


 ベルガーは、恭しく宙で片膝をつくようにして、手から魔気を生み出す。


 トゥーイも、両手に気を溢れさせ始めた。


 初めての戦い。


 初めての勝利。


 そして、初めての──儀式。


 両手を、ゆっくりと前に出す。


 全身を血液のように流れる魔力を、両手に集めるのだ。


 魔力を皮膚のすぐ内側に集めると、立ちのぼるように魔気が溢れてくる。


 こうして、涙を魔族の色に染めるのだ。


 黒く、より黒く。


 そうすることで、この蝕の持つエネルギーは、魔族のものとして極東エリアに降り注ぐ。


『地』を支配するに相応しい種族を決めるための、エゴイスティックなマーキングだ。


 魔のエネルギーを帯びた涙を浴びると、無傷では済まない他の種族は、その間、隠遁を余儀なくされる。


 魔族たちの学校や屋敷などは、敵の涙の影響を受けないよう『傘』をかけてある。


 その『傘』の範囲以外、自由に動き回れないのだ。


 出られるのは、鎧持ちくらいか。


「どうした、ベルガー卿…」


 完全に黒に染まった涙が、蝕の終わりからこぼれ落ちる瞬間。


 イデルグが、隣の男を気にした。


 羽の鎧を持つ男が、一瞬辺りを気にする動きをしたからだ。


「潮の…否…気のせいであろう」


 ベルガーは、すくっと立ち上がるや兜を左右に振って見せた。


 こうして。


 真理の初陣は──終わった。



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