ふじこ
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真理が、戦いたがっている。
鎧となって彼を包みながら、早紀はそれを内部から強く感じていた。
自分の内部、というものは二つある。
真理のいる部分と──おそらく、あの鎧の男がいる部分、だ。
その両方が、この初陣を心待ちにしていたことが伝わってくる。
一瞬、それらが自分のものであるかと、錯覚するほど近く。
事実。
その感覚に、強く捕らわれていたせいか、引け腰になったり、怯えたりする余裕はなかった。
自分の元の性格を考えると、かなりの部分で彼らとシンクロしていなければ、ありえない状態だ。
そのシンクロの高さのせいか、空蝕に向かって飛ぶ時の自分の身体は、とても軽く感じる。
そして、そして、蝕が一体なんなのか──半本能的に感じることが出来たのだ。
鎧の知識だったのか、真理の知識だったのか。
どちらかは、分からないのだが。
空蝕。
エネルギーの塊。
蝕の終わりに落ちる、ひとひらの『涙』の奪い合い。
敵。
金の者。
青の者。
意識の中には、金色がたくさんたくさん流れ込んでくる。
時折、青が掠める程度。
早紀の視界には、夜空で打ち合う黒い鎧と、もう一人が見えた。
金!
ぶつかり合った火花が、鮮やかにそれを見せる。
迷わないのは、真理。
その二つの鍔迫り合いに、割って入る気だ。
首筋が、ぞくっとした。
固いはずの鎧の首が、一瞬、冷たいゼリーにでもなった気がしたのだ。
真理は、そのゼリーから、もっと冷たいものを引き抜いた。
自分の身体から奪われる、長く、曲がったもの。
トプンッ。
首筋は、そんな水音をたてた。
真理から、失望のような感覚が届いたのと──ほぼ同時のことだった。
※
振り上げられる、刃の残像。
金の鎧の背を、真理が斬り付ける。
早紀は、それを見ていた。
突然の一撃に、敵は墜落してゆく。
金の鎧もやはり、この鎧の存在に気付けなかったのか。
でなければ、こうも簡単に斬り付けられるはずがない。
「ああ、やっぱりカシュメル卿か…」
先に戦っていた魔族が、真理の横についた。
1st――イデルグ卿。
真理から伝わる、表層の情報。
がっしりとした、重戦車のような鎧だ。
しかし、鈍重な動きでなかった。
「横槍、失礼しました」
真理が、控えめな一言を口にする。
昼間のトゥーイという男との態度が違うのは、やはり相手が1stだからなのか。
「気にするな…落としたらそれでいい。ベルガー卿なら、イヤミのひとつも言うだろうがな…おっと、噂をすれば、その2nd様だ」
下方から飛んでくる鎧を、1stが見下ろした。
しかし、そこでもすぐに火花が上がる。
同じように遅れてきた、金色の方と接触したのだ。
しかし、金の方が2体見える。
「カシュメル卿…イヤミを言われに、行ってくれるか?」
イデルグは、下の戦いを指した。
「お前さんの鎧は、すぐ存在を消してしまうから…蝕の番人には向かない」
そして、顎を上に向ける。
黒い夜空を、少しずつ闇が侵食していっている。
まだ、いまは三日月のような形だ。
これが球体になり、そしてまた小さくなっていくのだろう。
「分かりました」
真理は。
答えるや、急降下した。
突然の垂直落下だったが、早紀は絶叫したりしない。
それどころか。
真理と鎧の二人がかりで戦意を煽られていて──すっかり、頭に血が昇ったままだった。
※
2nd──ベルガーの鎧は、なんというか豪華だった。
金属の鎧だというのに、黒い羽の飾りがたくさんついているのだ。
その羽を散らしながら、金の鎧と打ち合う。
しかも、2体相手に、だ。
細い細い、まるで針のような剣が閃いた。
『……切れ』
その戦いに、真理がさっきのようにすぐに飛び込むかと思ったら。
一度動きを止め、彼はそう言うのだ。
言葉ではなく、早紀に直接伝える感覚で。
え?
切れって…何を?
自分に言われているのは分かるが、すぐに反応できない。
二人の感覚のせいで、冷静な判断力などいまの彼女にはないのだ。
『ステルスを…切れ』
もう一度。
今度は、省略なしで言われた。
ステルス──この、存在を感じさせなくなる能力のことだろうか。
鎧の存在を、周囲に分かるようにしろ、ということのようだ。
ベルガーへの気遣いなのか、はたまた正々堂々と勝負をしたいのか。
どんな考えからの言葉かは分からないが、いまの真理にはいらないようだ。
だが、更に分からないことがあった。
どうやればこの能力を外せるのか──
いつも、無意識でばかりやっているのだから。
『叫べ…』
真理が、ぼそりと呟いた。
『怒鳴れ…』
少し、音量が上がった。
一瞬の間。
『わめきちらせ!』
早紀の全身に反響するような、大きな音になる。
興奮状態だった彼女は、それに飛び跳ねるほどびっくりした。
反射的に。
『あsdrふじこ!!!』
意味不明の、大声を上げてしまう。
あわっ、なんか、へんな、声、出た。
早紀は、口を押さえようとしたが、鎧の右手をわずかに動かしただけでとどめられる。
『ああ…つながったか』
少しうるさそうに、しかし、納得したように──真理は呟いたのだった。