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極東4th  作者: 霧島まるは
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地味な娘

「おはよう、お母さん」


 ベッドから這い出した早紀が、一番最初に挨拶する相手が、母親だった。


 枕元で、にんまり微笑む若い笑顔の写真。


 そのにんまり顔を見ると、早紀もねぐせだらけの頭のまま、同じようににまっとしてしまう。


 母親譲りの黒々とした髪。


 そんな髪をボブにしているものだから、今風で言うと少し重たいイメージだろう。


 しかし、早紀の記憶の中の母親は、いつもそういう髪型で。


 心のどこかで、ずっと母の存在を引きずっている早紀には、他の髪型にしようという気持ちにはなれなかった。


 えへへへ。


 写真に向かって、もう一回しまりのない笑顔を浮かべると、早紀は身支度を始める。


 高校の制服は、真っ黒で出来ている。


 まるで喪服だ。


 エスカレーター式の私立高で。


 小学校の頃から、ひたすら制服は真っ黒。


 公立高校でもよかったのだが、この家のしきたりと言われたら、居候の早紀は従わないわけにはいかなかった。


 生徒も、独特の雰囲気のある人たちばかりだ。


 お金持ちに生まれ育つと、そんな風になるのだろう。


 そんな真っ黒制服に、真っ黒髪の早紀が部屋を出ると、ちょうど奥の部屋のドアが開くところだった。


「おはようございます、修平さん」


 ぺこりと頭を下げる。


「やぁ、おはよう。今日も時間通りだね」


 優しい、お兄さんのような存在の──鹿島修平。


 とても背が高く手足が長く感じるので、早紀は物語の『あしながおじさん』のようだと、こっそり思っている。


 正確な立場を言うと、この家の「主人」の従兄に当たり、後見人でもある。


 そう、主人の従兄。


 この家の当主より、年上ということだ。


 不幸はどこにでも現れるもので。


 早紀を引き取ってくれた、優しいおじさまとおばさまは、一昨年不慮の事故で亡くなってしまった。


 その二人は、ここの主の本当の両親ではなく後見人らしいのだが、詳しいことは知らない。


 ともかく、屋敷に残されたのは、居候の早紀とこの家の若き当主となった少年。


 それが。


 すぅっと。


 空気の動く音がした。


 何故だろう。


 早紀には、その音もなく扉の開く気配が分かるのだ。


 引っ張られるように、気配の方を向いてしまう。


 真っ黒な。


 早紀と同じように真っ黒な制服を着た、真っ黒な髪の少年が現れた。


 鹿島 真理シンリ


 それが──この屋敷の当主の名前。



 ※



 初対面で、早紀に出ていけと言い放った相手が、この真理だ。


 子供心に、自分が歓迎されていないことを、その瞬間に理解した。


 だが、その当時の早紀は、本当に小さくて。


 そして、唯一の肉親であった母を失って、行くあてなどありはしなかった。


 だから小さい間は、出来る限り真理を避け続けた。


 また、あの強い力で引っ張られ、ぶたれたり放り出されたりするんじゃないかと、怖かったのだ。


 だが、成長していくにつれ、恐怖は憧憬へと変わってゆく。


 真理は、とても綺麗な子だった。


 冷たい顔立ちは、年を重ねるごとになお冴え渡り、氷の世界の王子様がいたら、きっとこんな顔よねと、早紀の目を奪ったのだ。


 しかし、十年以上同じ屋敷で暮らしてきたが、真理と親しくなるきっかけなど見つからずじまいだった。


 それどころか、一昨年からこの屋敷に住まうようになった修平との方が、よほど話をしている。



「おはよう、真理」


 従兄の修平は、真理には怯まない。


 にこやかに、朝の挨拶を投げ掛ける。


 真理は、それを微かに目で確認しただけだ。


 相変わらずの氷の王子っぷりである。


「そう言えば、真理は明日誕生日だろう?」


 視線だけの応対に怯むことなく、修平は話を続ける。


 ああ、そうか。


 同居していながらも遠い存在の真理の誕生日は、やはり遠い存在だ。


 覚えているのに、意識していない。


 11月13日。


 それが、明日。


 真理は、17歳になるのだ。


 そんな自分の誕生日の話だというのに、真理の冷ややかな視線は、早紀に向くではないか。


 なぜ、私を見るのっ!?


 思わず、早紀はキョロキョロしてしまった。


 自分を見られる理由なんて、ないと思っていたのだ。


 そして、そんな無駄なことを、真理はしない。


「お前…」


 しかも。


 よりにもよって、今日はお言葉つきだ。


 尚更、早紀はどぎまぎする。


 乙女ちっくな、どぎまぎではない。


 学校で、先生にいきなり指名された時の感覚。


 しかし。


 やはり、相手は真理だった。


「お前、まだここにいるのか」


 早紀の心を凍土に叩きつける、彼らしい言葉。


 十年以上の月日で、早紀が獲得したもの。


 それは。


「はあ…まあ」


 図太さだった。




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