表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極東4th  作者: 霧島まるは
18/162

空蝕

---

「くーしょく?」 


 聞いたことのない言葉を、早紀は唇で繰り返してみた。


 さすがに慣れてきた、夢の中での出来事だ。


「そう、空蝕。空が欠ける夜のことだ」


 鎧の男は、そこに空があるかのように、上を指差した。


 すると、本当に闇夜が広がり始めるではないか。


 月や星のある、夜の空が。


 さすが夢。


 便利だなあ。


 早紀は、あんぐりと空を見上げた。


「蝕が起きると、空に更に暗い影が出来る…似たようなのを、お前も見たろ?」


 言われて、早紀はすぐに思い当たった。


 真理と空を飛んで、黒い球体に入ったことを、だ。


「あれは疑似蝕で、本物じゃないがな。ああいうのが、不定期に発生するわけだ」


 いま、頭の上にある空の一部が、闇に欠けてゆくのが分かる。


「その空蝕の、『涙』を奪い合うんだ」


 空で――火花が散った。


 遠いカメラの映像のように、何かが激しくぶつかり合う。


「あの中に、オレたちも行くんだ」


 見上げたままの早紀の耳に、楽しげな声が届く。


 血の奥が沸き立つような、熱狂さえ含まれているような声。


 早紀は、空から視線を降ろしながら、彼を見た。


 そうだ。


 早紀は鎧なのだ。


 真理も、初陣という単語を使ったではないか。


 だから、早紀も戦わなければならないということになる。


 ひえぇ。


 理解したら、腰が引けた。


 争いなんか、好きなはずがない。


「む、む、無理…死んじゃうよ」


 魔族の戦いなんて、想像もつかないようなものを、早紀が出来るはずがない。


 そんな彼女に、鎧の男は楽しさを消したりしない。


「ばーか、お前にはもう選択肢はないんだよ」


 それどころか――とどめを刺してくれたのだった。



 ※



 そのまま。


 目がさめると、思っていた。


 鎧の男に笑われて、あれ、と夢から放り出されると。


 なのに、今日の夢は終わらなかった。


 あれ?


 早紀は、その違和感に引っ張られるように、辺りを見回した。


 頭上の映像は消え、再び静かな状態に戻っている。


 いま、自分に生まれた違和感を、早紀が消化出来ないでいると。


 ガチャ。


 金属が、鳴った。


 ガチャガチャガチャガチャ!


 地震でも起きたかのように、小刻みに鎧が震えだしている。


「きた…来た来た来た…」


 声が。


 彼の声が、ひどくなる鎧に共鳴するかのように、喜びに打ち震えた。


「戻れ! そして新当主を叩き起こせ!」


 継ぎ目という継ぎ目が、大きな音を立て続ける中。


 制御しきれないほどの、その小手の先の指が、早紀に向けられる。


 な、に?


 ぶれる黒い指先は、彼女の額に向かっていた。


「来た…蝕だ!! 待ち焦がれたぞ!!」


 震えながらも、それでも指は早紀の額で円を描いた。


「あっ!」


 その悲鳴は、既に現実の音を伴っていた。


 更に。


 彼女は既に、真理の部屋の前に立っていたのだ。


 しょ、く。


 一瞬前の鎧の言葉が、頭をよぎる。


 同時に、身体の奥底から、熱い何かがせり上がってきていた。


 彼女の中で、あの鎧が猛っているような。


 あらがい難い、そして、生まれて初めて持つ衝動。


 手が。


 自分の手が。


 自分のものではないように、ドアノブを掴んでいた。


 あの真理の部屋を――ノックなしで開けるなんて。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ