極東4th
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真理は、夜空に黒い星を見つけていた。
暗い空に黒いもの。
魔族ならば、それが見える。
正確にいうと、星ではない。
真理が星に向かって飛び続けると、次第にそれは大きくなっていった。
丸く大きな球体が、目の前まで迫った時。
『何だろう、これ』
鎧の独り言が聞こえる。
契約者としてつながる、というのは、厄介なものだ。
真理は表層意識ではなく、もっともっと深いところでちらりとだけ考えた。
それだと、鎧には伝わらないようだ。
ここまで、早紀の素の感情が、流れ込んでくるとは思わなかったのだ。
真理はその球体に、あっさりと滑り込んだ。
瞬間。
早紀が、緊張したのが伝わった。
鎧の表面を震わせるほどの威圧感が、襲ってきたからだ。
鎧ごしに、真理にもそれは伝わる。
すると。
面白いことが起きた。
鎧の内部が、真理を守るようにもっと内に、彼を引き込むような動きを見せたのだ。
不思議な感触だった。
冷たくも熱くもなく、重くも軽くもなく。
その上。
一切の雑音が消え、視界がさらに明瞭になった気がしたのだ。
なん、だ?
防衛本能のように、真理の鎧は静まり返った。
まあいい。
静かにしてくれるのは、この上ないことだ。
真理でさえ緊張すべきところへ、これから彼は踏み出さなければならないのだから。
鎧は、完全に彼の制御下にあり、音も立てずに一歩踏み出すことが出来た。
一分の隙もなく、自分の身体にフィットした衣服のようにさえ感じる。
歩き出しても、彼の鎧はまるで周囲の気体さえ、動かさないようにするのだ。
極上の──着心地だった。
※
黒い球体の中の、黒い世界を歩く。
中は、外よりももっともっと広かった。
実際に入ったのは初めてであったため、真理もどこへ向かえばよいのかは分からない。
しかし、彼はそのまま歩き続けた。
極上の着心地となった鎧に、わずかな満足を深層で浮かべながら。
それは──唐突に起きた。
視界が、いきなり開けたのだ。
三人の鎧の存在が見え、真理は反射的に足を止めた。
ここがどうやら、目的の場所のようだ。
自分と同じような、黒い鎧の存在。
デザインこそ違え、いずれも名のある、そして力のある魔族なのが、はっきりと伝わってくる。
しかし、彼らは真理の方を見てはいなかった。
全員、前方の闇を見つめているのだ。
真理が、その闇を見やると。
「なるほど、面白い」
闇が、震えるようにしゃべった。
強い魔気が、熱風のように真理に向かって押し寄せる。
ただしゃべるだけでも、それがあふれ出すことを止められないかのように。
入った瞬間の威圧感は、これだったのだ。
そして。
理解した。
これが、自分が──膝を折るべき主だ、と。
「面白い、とおっしゃいますと?」
と、鎧の男が主の方へと語りかける。
新人は、完全なる無視、か。
真理は、多少は覚悟していた。
自分を含めて4つの鎧が、この極東にはある。
誕生日がきて、鎧を受け継いだばかりの新参者。
それに対する扱いとしては、無視もありえるのだろう。
そう、真理が結論づけかけた時。
主が──笑った。
「面白いではないか…おぬしら、見えておらぬのか?」
なに、を。
何を言おうとしているのか。
瞬間。
はっと、三つの鎧は弾かれるように、真理の方を見たのだ。
「新しいカシュメルは、面白い鎧を持っているではないか」
闇の中の主は、魔気を激しく震わせながら、悦楽の笑い声を上げたのだった。
※
「闇でありながら、なんと影の薄い鎧よ」
感嘆というより、それは嫌悪の声に聞こえた。
鎧の一人が、言った言葉だ。
その時──分かった。
真理にとって、とても理解しやすい言葉だったからだ。
早紀の存在だ。
もっと、彼は疑問に思うべきだったのだ。
これまでの人生の中で。
どうして、何度も何度も早紀の存在を忘れてきたのか。
自分にとっては、鎧のイケニエになるべき存在だ。
キー的存在といっていい。
真理は、それに同意したわけではなかったから、もっと熱心に彼女を追い出すべきだったのだ。
なのに、何度も何度も存在を忘れ、思い出し、そしてまた忘れていた。
同じ車で、毎日登校していながら。
学校で、早紀の額の印について、誰も騒ぎ立てなかったこともおかしかったではないか。
そう、か。
真理は、主の前だと言うのに、自分の滑稽さに笑いさえ浮かべかけていたのだ。
そうか、そうだったのか。
早紀は、ただ影が薄かったわけではない。
影を薄くしようと、自らしていたのだ。
努力ではなく──魔力で。
自分が魔女だと知らない女だったので、無意識に使っていたのだろう。
そして。
その力は。
予想外に大きかった、というわけだ。
この三人が、指摘されるまで気づかないくらいに。
出会いがしらに、先輩方に一撃を食らわせたようなものだ。
相手にとって面白いはずがない。
歴戦の勇者さえ、その中にはいるというのに。
一方、真理にとっては思わぬ拾いものだった。
早紀の能力など、これっぽっちも期待していなかったのだから。
「どうぞ、お見知りおきを…」
跪いたまま、真理の心は昏い喜びで満たされていったのだった。