二人羽織
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その感覚を、早紀はどう表現すればよかったのだろう。
またも、彼女は真理より背の高くなった視点で、彼を見ていた。
自分に向かって歩き出すその身体が。
自分に触れたかと思うと。
自分の中の数多くの襞を、かきわけるような感覚。
ぬるりとした、生々しい触感。
脳に直接手を突っ込まれたら、こんな感覚なのだろうか。
その、言葉に出来ない違和感に、早紀が固まっていると。
『静かだな…』
襞を、直接振動させるような響き。
しかし、声というには少し違う。
『何だ…気持ち悪いのか?』
笑わない音の響きが、真理のものだと分かった。
早紀が考えていることが、どうやら伝わってしまったようだ。
変な気分、どころの話ではなかった。
自分の身体の中に、真理がいる、ようなのだ。
鎧になるとは聞いた。
しかし、それが本当に自分の内側に彼を内包する、という意味とまでは理解していなかったのである。
いま。
いま、早紀はどういう姿をしているのか。
『いくぞ』
身体が。
自分が命令を出していないはずの身体が、勝手に動き出した。
夜の窓に向かって。
え? え?
『抵抗するな』
何かを振り払うように、真理の言葉とともに自分の右腕が大きく振られる。
ぶわっと。
窓際のカーテンが、強い風に煽られる。
「うわっ」
窓際にいた修平が、カーテンにまきつかれて驚きの声を上げた。
そんな音も気にせず。
早紀の身体は── 部屋の窓から飛び出したのだ。
ここは、二階。
えっと。
早紀は、一瞬固まった。
おーちーるー!!!!
※
そして── 本当に落ちた。
ズゥシィン!
自分の両足が、強く強く地面を踏みしめたのを感じる。
痛みなどは、なかったが。
びびびび、びっくりした。
早紀は、驚きに包まれていた。
そんな彼女に。
『うるさい…』
真理のため息が、聞こえた気がした。
『それに…抵抗するなと言っているだろう』
足が、動いた。
自分の足なのに、自分の足ではない。
二歩ほど歩いた後。
深く曲げられた膝から、力が溢れる。
あ?
思った時には、上空高く飛び上がっていた。
一瞬にして、地上の世界が遠くなる。
屋敷どころか、町レベルで。
ごぉっと。
自分の身体が風を斬る。
とん、で、る?
その事実を、認識するより先に。
『飛んでいる…だから、暴れるな』
さも、当たり前のように、真理が先手を打つ。
ううむ。
早紀は、その当たり前のような言葉の先手で、逆にパニクれなくなっていた。
そっか。
本当に、人間じゃないんだ。
しみじみと、それを自覚する。
真理と融合(?)しているような状態だし、2階から飛び降りても無傷な上に、空まで飛んでしまうし。
変な話だなあ。
早紀は、本当に、本当に素直にそう思ったのだ。
『…どれだけ呑気な生き物なんだ、お前は』
真理に冷ややかに突っ込まれたことで、早紀は重大な事実に気づいた。
考えていることが──全部真理に筒抜けだ、ということに、だ。