真理の部屋
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「やあ…」
びくつきながら屋敷に帰った早紀と、前を歩く真理を待っていたのは──修平だった。
また、なんというか、目が激しく輝いている。
昨夜のことを思い出して、早紀はいやーな気分になった。
また何か、あるのだろう。
あの真理が、自分と一緒にどこかに出かけるなんて話が出るくらいだ。
「今日は…いくんだよね? 準備、見てもいいかな?」
らんらんとした瞳で、修平は詰め寄ってくる。
「どうぞ」
真理は、即答だった。
何の話か分からない早紀は、二人を押しのけて屋敷に入ることも出来ず、後ろで立ち止まったまま。
昨夜のせいで、すっかり修平恐怖症まで構築されたおかげで、早紀の心休まる場所など、自分の部屋だけとなってしまった。
早く部屋に戻りたいなあ、と考えていると──真理が、振り返った。
!!!!
何と言う衝撃。
振り返ったのだ。
あの真理が、わざわざ彼女を認識するために!
ありえない行動だ。
「8時に、俺の部屋に来い」
衝撃で動けないでいる早紀に、用件だけ言い置くと、真理はさっさと屋敷の中に入ってしまった。
言われた言葉が、更に衝撃を上乗せする。
部屋に来い?
アリエナイ。
これまで、一度たりと開けたこともない真理の部屋。
ノックさえ、したことがないのだ。
そこに、自分が招かれた。
真理にとって必要なことなのだろうが、早紀のこれまでの人生では考えられないこと。
出かけるって言ってたよね。
玄関の前に立ち尽くしたまま、数々の衝撃を乗り越えながら、早紀はそれを噛み締めてみた。
制服で、いいのかな。
数歩踏み出せば、屋敷の中だというのに。
早紀は、なかなか一歩を踏み出せないままだった。
※
7時58分。
早紀は、真理の部屋の前にいた。
制服のまま、ノックをためらっているのだ。
正直に言うまでもなく、入りたくない。
一緒におでかけなど、ありえない。
勿論、真理のことは嫌いではないし、あこがれさえあった。
しかし、自分と一緒に行動できる人とは、とても思えない。
なのに、そんな相手と異常な契約を、してしまったらしいのだ。
今日の早紀は、学校で生きた心地がしなかった。
地味に地味に生きてきたことが、無駄になるとしか思えない、額の落書きのせいだ。
だが。
不思議なことに、早紀をじろじろ見たり、指をさしたりする人などいなかった。
もしかしたら、彼らには見えないのか、あるいは、珍しいものではないのか。
とにかく、その点だけは、早紀は助かっていたのだ。
しかし。
だからといって、真理から逃げることは出来ない。
あーうー。
早紀が、ノックの手を上げては下ろしていると。
「……」
ドアが――勝手に開いた。
冷ややかな目が、自分を見ている。
真理だ。
「い、いま、ノックをしようと!」
心臓が飛び出しそうになりながら、苦しげに誤魔化す早紀の手を、彼は掴むなり部屋に引っ張りこんだ。
うええ?
真理に触られるのは、まったく慣れていないので、分かりやすく早紀は慌てた。
「待ちくたびれたよ」
だが、二人きりではなくて。
うっ。
早紀が、つい身構えてしまう相手の、修平がいるではないか。
「いよいよだね」
早紀の様子などお構い無しに、修平は浮かれた声を上げる。
くるり。
真理は、彼には反応せず、早紀の方を向き直る。
えと、なにが。
早紀が質問する暇も、まるでなかった。
離された真理の手が、そのまま彼女の目の前まで上がってきたからだ。
白く細い長い指先が。
早紀の額を――丸く撫でた。
ガシャン!
それは、自分の身体から聞こえた音だった。