真理の悩み
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真理は、隣の座席を見た。
そこに、早紀がいる。
毎朝、同じように続く登校風景なのだが、いつもと違うことを真理は感じていた。
契約をしたせいだろうか。
早紀が、どんなにちいさくちいさくなって気配を消してしまおうとしても、すぐそこに彼女が存在していることが伝わってくるのだ。
いつもなら、2秒とかからずに忘れてしまえるというのに。
今日の早紀は、更に小さくなろうとしているようだった。
額の契約印のせいだろう。
朝から、大きな絆創膏を探して走り回っていたと、使用人が言っていた。
まあ、契約印については、真理も気になるところがある。
学校での、周囲の反応だ。
魔族の学校である。
だが、同級とは言え、真理と早紀は幼少から、ずっとクラスは違った。
真理はハイクラスで、家柄的にも同等以上がそろい踏みだ。
早紀は、ロークラス。
それが、今回は幸いするかもしれない。
家柄に無縁な魔族も多いためだ。
正直。
一部、ソリの合わないハイクラスの連中に、早紀の契約印を見られたくないというのが、真理の気持ちだった。
他の種族には、契約印は見えないというが、あいにくと同種族にそれを隠す方法がないのだ。
絶対に、真理か早紀につっかかってくるに違いない。
真理はいい。
あしらいもできるし、黙らせ方も分かっている。
問題は。
この、影の薄い女。
ハイクラスの連中にとっては、これほどのカモはいないだろう。
特化した血も能力もない、ただ魔女というだけの存在。
面倒なことにならないといいが。
真理は、空気を動かさないほど静かに息を吐いた。
ちらりと、こちらを見る早紀。
学校もそうだが。
真理には、他にもこの契約者についての悩ましい点があった。
だから、魔女を使いたくなかったんだが。
後悔の言葉など、どこにも届くはずがなかった。
※
ハイクラスの真理は、一日を嫌な気分で過ごした。
嫌な気分。
いや、違う。
朝は嫌だった。
昼に、それは怪訝に変わり。
学校が終わる時間には、憮然に変わっていたのだ。
耳の早い生徒たちが、契約印のことを触れ回るかと思っていたのだ。
しかし。
下校の時間まで、それらは噂すら真理の耳に入ってはこなかった。
まあ、わざわざロークラスを見に行く生徒もいないだろうから、今はこんなものなのかもしれない。
憮然としたまま校門に向かうと、車が待っていた。
中には、既に早紀が乗っているようだ。
初日の学校は、やりすごした。
しかし、真実の本番はここからだ。
後部座席に乗り込むと、真理から逃げるように早紀は少し奥へと動く。
そんな、往生際の悪い女に。
「今夜、出かける」
一言、伝えておく。
きょとんとした目が、こっちに向けられた。
不思議そうな顔。
「は、はあ…いってらっしゃい」
そして。
あさっての、とぼけた言葉。
「お前も、だ」
真理は、目に冷気をこめてしまった。
びくうっと、早紀が跳ねる。
「わ、私? ど、どこに?」
きょろきょろと、落ち着かなく周りを見回す。
どんなに彼女が挙動不審になろうが、出かける先では何ら問題にはならない。
それだけは、真理の救いか。
出かけるだけなら、な。
さて。
「あっち」を、どう自分だけで乗り切る、か。
真理の悩みは、尽きなかった。