異世界の陶芸家、世界を救う
『異世界の陶芸家、世界を救う』
パリンッ!
ローディンは、目の前で砕け散った壺を見つめていた。
「……」
「いやあ、何か入ってるかと思って」
剣を肩に担いだ勇者アレスは、悪びれもせず笑っている。
「こういう壺ってさ。割ったら薬草とか金貨とか出てくるだろ?」
「出てきません」
「でも、もしかしたら――」
「出てきません」
ローディンは床に散らばった破片を拾った。
その壺は、三ヶ月かけて作った自信作だった。
土の配合。
釉薬の色。
焼成温度。
どれ一つとして妥協していない。
そして何より、全体に施した波模様は、彼が十年かけて編み出した独自の技法だった。
「勇者様」
「ん?」
「これが何に見えますか?」
「壺」
「そういう意味ではありません」
ローディンは深く息を吐いた。
「この曲線。光を受けたときの陰影。釉薬の濃淡。すべて計算されているんです。これは単なる入れ物ではない。人の手でしか生み出せない、美そのものなんですよ」
「……」
アレスは黙った。
そして、割れた破片を一枚手に取った。
「……そうだったのか」
「分かりましたか」
「ああ」
勇者は真剣な顔で頷いた。
「壺って、すごいんだな」
「ええ」
「中身が入ってなくても価値がある」
「その通りです」
「形そのものを楽しむものなんだな」
「ようやく理解していただけましたか」
アレスは壊れた壺を見つめた。
「……悪かった」
「はい」
「もう二度と、壺を割らない」
「その言葉、忘れないでください」
「約束する」
ローディンは微笑んだ。
これで世界から一人、壺を割る無粋な男が減った。
そう思った。
ところが。
◇
「先生」
「なんです?」
「勇者様、最近おかしくないですか?」
「……私もそう思っていました」
アレスは明らかに精彩を欠いていた。
「くそっ……」
スライムを斬る。
空振り。
「もう一度!」
空振り。
「なぜだ……!」
ゴブリンに殴られる。
「勇者様!?」
以前のアレスなら、こんなことはなかった。
彼は勇者だった。
剣を振れば敵を斬り。
宝箱を見れば飛びつき。
壺を見れば…。
「…………」
アレスは町の道端に置かれた壺を見つめている。
だが、手を伸ばさない。
「割ってはいけない……」
拳を握る。
「壺は……美しいもの……」
その目は死んでいた。
「……先生」
「はい」
「もしかして」
弟子が震える声で言った。
「壺を割れなくなったせいでは?」
「まさか」
ローディンは首を振った。
「勇者ともあろう者が、そんな理由でスランプに…」
◇
ローディンは考えた。
芸術を理解した結果、勇者が戦えなくなった。
では、どうするか。
そして。
「……よし」
工房の裏手に、壺を集めて積み上げた。
そして、アレスを呼び出した。
「なんだ、これ?」
アレスが目を丸くする。
「壺です」
「……壺?」
「全部、失敗作です」
「失敗作?」
「ええ」
歪んでいる。
ひびが入っている。
釉薬が変色している。
形が崩れている。
中には、焼き上がった瞬間にローディン自身が「これは壺ではない」と断じたものまである。
全部で百個。
アレスは震えた。
「これ……」
「好きなだけ割っていいですよ」
「……!」
「何個でも」
「本当に?」
「ええ」
ローディンは胸を張った。
「これは芸術作品ではありません。私自身が失敗だと認めたものです」
アレスの目に光が戻った。
「……割っていい?」
「どうぞ」
「本当に?」
「どうぞ」
「遠慮なく?」
「好きなだけどうぞ」
アレスは剣を抜いた。
そして。
「うおおおおおおおおおおお!」
パリン!
「うおおおおお!」
ガシャーン!
「これだあああああ!」
パリーン!
「気持ちいいいいいい!」
バキィン!
壺が飛ぶ。
砕ける。
舞う。
アレスは笑っていた。
「楽しい!」
剣を振る。
壺が割れる。
「最高だ!」
さらに割る。
「俺は勇者だ!」
また割る。
「壺を割ってもいい!」
「いや、そこまで言うと問題があります」
ローディンは苦笑いする。
だが。
勇者の動きは完全に戻っていた。
剣筋は鋭く。
足取りは軽く。
顔には以前の自信が戻っている。
「先生!」
弟子が叫ぶ。
「勇者様、完全復活です!」
「…そのようですね…」
ローディンはため息をついた。
そして、山のように積まれた破片を見渡す。
「まあ……」
少しだけ笑った。
「勇者が元気になったのなら、よしとしましょう」
その横でアレスが呟く。
「ローディンさん」
「なんです?」
「力がみなぎってきました!」
「そうですか」
「今から行ってきます!」
「どこへ?」
「魔王城へ!」
「!?」
そして、そのままの勢いで勇者は、魔王を倒した。
圧勝だったらしい。
そしてローディンは、世界を救った陶芸家として有名になった。
美を追求して壺を作り続けてきたローディンだが、最近は割り心地にもこだわって壺をつくっている。
ーー完ーー




