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異世界の陶芸家、世界を救う

作者: ヤク男
掲載日:2026/09/01

『異世界の陶芸家、世界を救う』

 パリンッ!

 ローディンは、目の前で砕け散った壺を見つめていた。

「……」

「いやあ、何か入ってるかと思って」

 剣を肩に担いだ勇者アレスは、悪びれもせず笑っている。

「こういう壺ってさ。割ったら薬草とか金貨とか出てくるだろ?」

「出てきません」

「でも、もしかしたら――」

「出てきません」

 ローディンは床に散らばった破片を拾った。

 その壺は、三ヶ月かけて作った自信作だった。

 土の配合。

 釉薬の色。

 焼成温度。

 どれ一つとして妥協していない。

 そして何より、全体に施した波模様は、彼が十年かけて編み出した独自の技法だった。

「勇者様」

「ん?」

「これが何に見えますか?」

「壺」

「そういう意味ではありません」

 ローディンは深く息を吐いた。

「この曲線。光を受けたときの陰影。釉薬の濃淡。すべて計算されているんです。これは単なる入れ物ではない。人の手でしか生み出せない、美そのものなんですよ」

「……」

 アレスは黙った。

 そして、割れた破片を一枚手に取った。

「……そうだったのか」

「分かりましたか」

「ああ」

 勇者は真剣な顔で頷いた。

「壺って、すごいんだな」

「ええ」

「中身が入ってなくても価値がある」

「その通りです」

「形そのものを楽しむものなんだな」

「ようやく理解していただけましたか」

 アレスは壊れた壺を見つめた。

「……悪かった」

「はい」

「もう二度と、壺を割らない」

「その言葉、忘れないでください」

「約束する」

 ローディンは微笑んだ。

 これで世界から一人、壺を割る無粋な男が減った。

 そう思った。

 ところが。

     ◇

「先生」

「なんです?」

「勇者様、最近おかしくないですか?」

「……私もそう思っていました」

 アレスは明らかに精彩を欠いていた。

「くそっ……」

 スライムを斬る。

 空振り。

「もう一度!」

 空振り。

「なぜだ……!」

 ゴブリンに殴られる。

「勇者様!?」

 以前のアレスなら、こんなことはなかった。

 彼は勇者だった。

 剣を振れば敵を斬り。

 宝箱を見れば飛びつき。

 壺を見れば…。

「…………」

 アレスは町の道端に置かれた壺を見つめている。

 だが、手を伸ばさない。

「割ってはいけない……」

 拳を握る。

「壺は……美しいもの……」

 その目は死んでいた。

「……先生」

「はい」

「もしかして」

 弟子が震える声で言った。

「壺を割れなくなったせいでは?」

「まさか」

 ローディンは首を振った。

「勇者ともあろう者が、そんな理由でスランプに…」


     ◇

 ローディンは考えた。

 芸術を理解した結果、勇者が戦えなくなった。

 では、どうするか。

 そして。

「……よし」

 工房の裏手に、壺を集めて積み上げた。

そして、アレスを呼び出した。

「なんだ、これ?」

 アレスが目を丸くする。

「壺です」

「……壺?」

「全部、失敗作です」

「失敗作?」

「ええ」

 歪んでいる。

 ひびが入っている。

 釉薬が変色している。

 形が崩れている。

 中には、焼き上がった瞬間にローディン自身が「これは壺ではない」と断じたものまである。

 全部で百個。

 アレスは震えた。

「これ……」

「好きなだけ割っていいですよ」

「……!」

「何個でも」

「本当に?」

「ええ」

 ローディンは胸を張った。

「これは芸術作品ではありません。私自身が失敗だと認めたものです」

 アレスの目に光が戻った。

「……割っていい?」

「どうぞ」

「本当に?」

「どうぞ」

「遠慮なく?」

「好きなだけどうぞ」

 アレスは剣を抜いた。

 そして。

「うおおおおおおおおおおお!」

 パリン!

「うおおおおお!」

 ガシャーン!

「これだあああああ!」

 パリーン!

「気持ちいいいいいい!」

 バキィン!

 壺が飛ぶ。

 砕ける。

 舞う。

 アレスは笑っていた。

「楽しい!」

 剣を振る。

 壺が割れる。

「最高だ!」

 さらに割る。

「俺は勇者だ!」

 また割る。

「壺を割ってもいい!」

「いや、そこまで言うと問題があります」

 ローディンは苦笑いする。

 だが。

 勇者の動きは完全に戻っていた。

 剣筋は鋭く。

 足取りは軽く。

 顔には以前の自信が戻っている。

「先生!」

 弟子が叫ぶ。

「勇者様、完全復活です!」

「…そのようですね…」

 ローディンはため息をついた。

 そして、山のように積まれた破片を見渡す。

「まあ……」

 少しだけ笑った。

「勇者が元気になったのなら、よしとしましょう」

 その横でアレスが呟く。

「ローディンさん」

「なんです?」

「力がみなぎってきました!」

「そうですか」

「今から行ってきます!」

「どこへ?」

「魔王城へ!」

「!?」

 

 そして、そのままの勢いで勇者は、魔王を倒した。

圧勝だったらしい。

 そしてローディンは、世界を救った陶芸家として有名になった。

 美を追求して壺を作り続けてきたローディンだが、最近は割り心地にもこだわって壺をつくっている。


ーー完ーー


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