魔法のドーナツはもう買わない
この作品はフィクションです。
『……不味いっ! 何この味!?』
そのドーナツを口に入れた途端、私は吐き出しそうになった。
口の中の物を吐き出すのは行儀が悪い、と躾けられていたので、無理して飲み込んだが、どうにも気持ちが悪い。
甘さも舌触りも普通のドーナツなのに、何だろう、ゴミを燃やした時の煙のようなフレーバー。
口に入れる前は変な臭いなんかしなかったのに……。
そのドーナツは広場の屋台で売られていた。
色とりどりのチョコレートでコーティングされた美味しそうなドーナツ。
退屈そうな売り子。
私は意を決して、売り子の女性に話しかけてみた。
「あのー、このドーナツちょっと変な味がするんですけど、元々こういうフレーバーなんですか?」
「そうですね」
そうですね、って……。
いや、これ、相当変だよ?
何か間違ってない?
「あのー、失礼ですが、何か異物が混入した可能性は……」
「ないですね」
売り子は即答したが、さすがにそれだけでは素っ気ないと思ったのか、付け加えてくれた。
「材料から仕上げまで一貫して魔法でやってますので、異物混入の可能性はゼロですね」
「はあ……そうですか……失礼しました」
それ以上強く言えない私は『こんなに不味いのに……』と思いながら引き下がった。
ドーナツはそれ以上食べる気になれず、仕方なくゴミ箱がある場所まで手に持ったまま歩くことにした。
歩きながらつらつら考える。
魔法での一貫製造か……きっと製造過程で臭いの元になる何かがあったんだろうな。
魔法で作る料理は手作りの料理と違って、調理器具も調理場所も必要としないから、やろうと思えばゴミ捨て場の中ででも作れてしまう。
さすがにゴミ捨て場の中で作ったとは思わないけど。
暖炉の近くで作ってて、その暖炉に髪の毛など燃やすと異臭のする物が入れられたなら、こんな感じに臭いが付くかも。
味覚と嗅覚は近いもの。
味が砂糖とチョコレートでも臭いがゴミでは……。
……あの売り子、このドーナツ食べてないんだろうなぁ。
一口食べれば不味さに気づいただろうに。
出来上がりのチェックがおろそかになりがちなのも、魔法料理の欠点だ。
火加減や温度・湿度に関係なく、いつでも同じ仕上がりが保証されている魔法料理。
だからといって出来上がりが周囲の影響を受けないわけじゃないのに。
物理的に臭いが付くことも、魔力的にノイズが入り込むこともあるのに……。
※
不味いドーナツをアカデミーのごみ箱に放り込んで、私は教室で授業を受けた。
一般教養の授業はだるいけど、ちゃんと受けておかないと卒業できない。
苦手なことでも頑張って履修した人だけがアカデミー卒業生を名乗れるのだ。
頑張らなくては……と思うけど、本当は専門科目で好きなことだけやっていたいよー。
『やだなぁ』という感情を『頑張らなくては』という理性でねじ伏せて、小難しい政治経済の授業を乗り切った。
授業内容の半分くらいは右の耳から左の耳へ素通りしたと思う。
残った半分で試験に合格できるはず、赤点でなければいいんだよ。
半分は無駄になった授業が終わって、さあ帰ろうかというタイミングで、演壇に人が上がってきた。
「皆様、少しお時間よろしいでしょうか。重要な問題について提案がございます。どうぞお耳をお貸しくださいませ」
やけにお上品なしゃべり方をする若い女性である。
見たことない人だが、誰だろう?
隣の席の友人に訊いてみた。
「あれ誰かな?」
「文学科の上級生じゃないかなぁ。名前までは知らないけど。ここ数日、正門に立って一人でビラ配りしてたよ」
「へー」
アカデミーの正門と学生会館を結ぶメインストリートでは時々メガホン持って叫ぶ人を見る。
環境保護活動だったり、寮の食事改善を訴える集団だったり、中身は色々だけど、大抵は数人~十数人の集団だ。
何を訴えてるのか知らないけど、一人でビラ配りとは大変そうだ。
演壇に立ったその人は最前列の学生に書類を配り始めた。
最前列から後列へ、次々と書類が回され、一人一枚ずつ行き渡る。
私も一枚来たので表題を読んでみた。
……何だこれ?
『国民と魔法移民とで住みわけを! 魔法被害問題に終止符を打つ!』
政治活動ビラだろうか?
本文にざっと目を通すと、趣旨はこういうことだった。
・元来この国では魔法など存在しなかった。
・近年、他国から魔法を使う種族が流入してきて、魔法で様々な仕事をするようになりつつある。
・人間の手仕事と魔法を使ってあっという間に終わらせる手抜き作業が同列に扱われるのは不公平。
・人間の手作りかと思って買い求めた品々が魔法製だったと後から知る気持ち悪さ。
・これらを解消するため、人間が住む町と魔法使いが住む町とを分けよう。
・魔法製品は魔法製であることを明記して、人間の手作り品とは分けて売ろう。
・魔法使いが人間になりすまして人間の町で暮らしていたら、摘発して処罰しよう。
……か、過激。
ていうか、これどうやって実行すんの?
実現可能性が低すぎると思うんだけど。
この国では魔法が使われてなかったのは本当だ。
魔法使いがこの国で活動しはじめたのは、ほんの数年前のこと。
魔法は便利だからあっという間に広まった。
あまりにも短期間で広まりすぎて、魔法へ抵抗を覚える人もいる。
魔法で道路を修繕するのはいいけど、魔法で作った料理を口に入れるのはちょっと……という人は結構多い。
私も作る人がちゃんと責任もって美味しく作った魔法料理ならいいけど、今朝のドーナツみたいに味見もされてない、結果的に変な味になってしまっている無責任な魔法料理はダメだと思う。
料理以外にも魔法は様々な場面で使われていて、人によってNGだと感じるポイントも様々なのだ。
新しい技術が入ってきた時の軋轢、文化的侵略ってやつだ。
長い歴史の中、似たようなことが繰り返されてきたんだろうなぁ、鉄器が入ってきた時とか、進んだ医学が入ってきた時とか……。
新しい技術である魔法が受け入れられるまでに、様々な所で既存の文化と衝突するのは仕方がない。
でもこの提案はないんじゃないかなぁ。
住む町を分けるって、要するに、魔法使いは決められた場所に住めってことでしょ?
元々の住民が引っ越すわけじゃなくて。
新しく入ってきた人たちに、今いる場所から出て行け、定められた区画に移動して、そこから出てくるな、ってことでしょ?
そんなの言うこと聞くわけないじゃん。
それに摘発と処罰って、誰がどうやってするの?
治安維持と考えたら、警官か役人なんだろうけど、魔法使いかそうでないかなんて素人には見分けがつかないよ?
目の前で魔法使ってくれたらわかるけど、魔法を使わなかったら魔法使いも生物学的には人間と同じなんだよ?
魔法を使わないで生きてる魔法使いを、それと見抜いて摘発するなんて不可能に近い。
しかも処罰って!
魔法使いが魔法で反撃したら一般人より強いよ?
一方的に処罰しようとしたら、血で血を洗う紛争の引き金になりかねない。
この人、その危険性を考えているのかな?
壇上にいる上品そうなその女性は書類が行き渡ったのを見計らって声を発した。
「皆様、お手元の書類をご覧くださいませ。現在、我が国には未曽有の危機が迫っております。問題解決のための私のこの提案を、どうぞご一考くださいませ」
書類の内容を一通り読み上げて、彼女は教室全体を見渡した。
「賛成の方、反対の方、ご意見をお聞かせくださいませ。ご意見をお持ちの方は手を挙げてくださいませ。質問にはできる範囲でお答えいたしますわ」
真摯な面持ち。
この人は本気で言っている。
だがしかし、ここにいる学生たちは誰一人として挙手しようとしない。
だって一般教養の授業受けに来ただけだもん!
大部分はお気楽な学生だし、魔法問題とかまともに考えたことないし!
沈黙だけが続く。
壇上の女性は辛抱強く反応を待っている。
……5分。
……10分。
時計の針だけが動いている。
このままだと帰れないのでは?
誰かが口火を切るしかないのか。
私はおそるおそる手を挙げた。
「あのー」
「はい、そこの貴方。なんでしょう?」
「魔法使い専用の町を作っても、そこに住むメリットがないと、魔法使いはそこに住もうとしないんじゃないでしょうか?」
「……はい?」
「引っ越しって面倒だし。専用の町の方が便利になるとか、逆に今ある町に住み続けるとデメリットが大きいとか、そんな理由がないと誰も引っ越さないと思うんです」
「……面倒?」
「それに摘発って実際に運用するとなると難しいと思うんですよ。製品も手作りか魔法製か見分けるのって大変ですし。魔法製品を明記せずに売られても、不正を証明する手段が乏しいんじゃないかなーって。でも確かに変な魔法製品を売られると困るから、消費者が自衛して、お買い物マップとか作るのってどうでしょう? この店のこの商品は美味しいとか不味いとか、評価を添えて。星の数で評価して、星が多いほど評価が高いってことにすれば、我々学生でも食べ歩きで調査は可能かなーって……」
「お黙りなさい!」
壇上の女性がブチ切れた。
「何なのですか、貴女は! 賛成でも反対でもなく、自分の勝手な妄想を並べ立てて、私の提案は無視ですか!」
「いや、無視ってわけじゃ」
「そもそもメリットがないとか、そのメリットを生む土台として住むところを与えてあげようと言ってるんじゃありませんか! 貴女は私の提案をまったく理解していらっしゃらないのですね!」
「土台……?」
「侵略してくる得体のしれない異種族に生存の場を与えてあげようと、こちらは真剣に語っているのに、星だとか食べ歩きだとか、ふざけているんですか!」
これでも知恵を絞って実行できそうな方法を考えたんだけど。
ふざけてるように聞こえたのかな……。
ちょっぴり傷つくデリケートな私。
「もう結構です! 他に真面目なご意見のある方はいらっしゃいませんか! 妄想ではなく、趣旨を理解した上で賛成か反対かを述べてくださる方!」
隣の席の友人と目を見交わす。
もう結構って言われたから、私たち、ここにいなくていいよね?
荷物を持って席を立つ。
それにつられたように席を立つ人がパラパラと出た。
「一応、賛成です」
「私も賛成です。条件付きですが」
「まあ、ありがとうございます」
おお、勇気のある人が発言している。
ああやって最初に賛成ですって言っておけばよかったのか。
思いついたまま口に出した自分、バカだったかなぁ。
壇上の女性もにこやかにお礼を述べている。
ああしていると上品だなぁ。
さっきの噛みつき方は『豹変!』って感じだったけど。
うっ、思い出すと胸がムカムカしてきた。
自分に向けられた敵意ってストレスになって体を蝕むよね。
早く心の解毒をしないと。
「ランチどこで食べる?」
「第一学食かなー。魔法料理だから出てくるの速いし、安いし、定食は美味しい。あ、そうそう、市民公園に出てたドーナツの屋台、ゲロ不味だったよ」
「えー、見た目可愛いから食べてみようと思ってたのに。ハズレだったとは」
「ホットドッグの屋台は普通に美味しかった。あれは当たりだね」
「今度食べてみよう。文化ホールで魔法絵画の展覧会があるから、その時に」
「えー、魔法絵画! 見たい、私も行きたい!」
どの画家がいいか、自分の「好き」を友人と語り合っているうちに、胸のつかえが取れていく。
芸術学科に在籍する私、この国生まれこの国育ちだけど、実はちょっぴり魔力がある。
母方の祖母が魔法使いだから。
私は魔法使いクォーターである。
壇上の女性は魔法使いを得体のしれない異種族と呼んだけど、生物学的には人間と何も変わらないし、子どもも生まれる。
アカデミーには私のような魔法使いの血を引く人が結構いるし、国の上層部にもいるらしい。
あの住みわけ案にはそういった存在をどうするのか書かれていなかった。
異種族だから人間との間に子どもなんかできないと思ってるのかな。
そうじゃないって知ったら気持ち悪いって思うのかな。
あの教室で、思いついたけど口に出さなかった、住みわけを可能にするもう一つの理由。
共存にデメリットが大きければ。
魔法使いへの迫害が厳しくなったら。
魔法使いは人間の住む町から出て行くのかもしれない。
だけど、その時の行先はあの女性が言うような『魔法使い専用の町』ではなく……。
この国そのものを見捨てて出て行く、そんな日が来ないといいなぁ。
分かり合えない人もいるけど、私はこの国が好きだから。
友人とじゃれ合いながら歩く賑やかなメインストリート。
風は優しく、太陽は暖かい。
小さなトゲが心に刺さっても、浴びせられた言葉の半分は右の耳から左の耳で、私の頭には残らない。
定食の美味しさで、口に残った不味い味を消してしまおう。
あれは本当に不味かった。
あの屋台のドーナツはもう二度と買わない。
<完>
この作品はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。




