第三章 伝承と古老の記憶
島に残る古い言い伝えや、各家に代々伝えられてきた古文書によれば、オランダ洞窟にまつわる話は決まって恐ろしい結末を迎える。救助されたオランダ人が島の家に運ばれ、布団の中で高熱にうなされていたという記録は残っているものの、洞窟に入った者が無事に戻ったという記述は一つも見当たらない。
さらに、島の長老たちが口にする言葉には、しばしば超自然的な現象への言及があった。
「アダン古道の海岸には魔物が出る」 「ガジュマルの大木に宿る精霊が洞窟を封じている」
実際、ガジュマルは島では聖なる木とされており、その根元に石造りの小さな祠を祀っている家もあるほどだった。祠には島の守り神が宿るとされ、毎月決まった日には島の女性たちが花と米、泡盛を供えて安全を祈願していた。
最も年長の古老である比嘉おばあは、こんな話を語ったことがある。
「わたしの祖母から聞いた話だが、台風の日に海岸でうずくまるように佇む外国人の霊を何度か見たことがあるという。その霊は濡れた衣服を身にまとい、ハイビスカスの花を踏み荒らしながら洞窟の方へと消えていく。まるで何かに呼ばれているかのように…」
もちろん、その真偽を確かめる手段はない。しかし、そうした話が世代を越えて語り継がれることで、洞窟への畏怖は島民の心に深く刻まれていった。
潜り漁の漁師たちに救助されたオランダ人たちは、数名を残して回復後に琉球王府の手配で本土へと送られたと記録されている。残された者たちを捜索するために洞窟へ捜索隊が入ったという話もあるが、正式な文書には一切記録されていない。ただ、ある古文書の隅に朱墨で「帰還せず」とだけ記されていたという噂があるだけである。
島の歴史を記録する年代記には、この出来事について簡潔に記されている。
「慶長年間、南蛮船難破す。乗組員の一部、海食洞に避難するも消息を絶つ。以後、同洞窟を禁足地とす」
この短い記述の背後には、どれほど多くの人々の恐怖と悲しみが隠されているのだろうか。




