第十章 昭和中期の新たな発見
軍の撤退から十数年が過ぎた昭和三十年代、坂崎博士が記録していた調査ノートが遺族の手を経て、著名な民俗学者である山田教授の元に渡った。そこには、オランダ洞窟の詳細な地質調査結果や、奇怪な壁画のスケッチ、さらに不可解な現象に関する博士の推測が詳細に記録されていた。
山田教授は博士のノートを読み返すうちに、驚くべき事実を発見した。坂崎博士は洞窟の地質構造から、この洞窟が単なる海蝕洞ではないと推定していたのである。
博士の記録によれば、この洞窟は遥か昔、海面が現在よりも低かった時代には「地上に開いた縦穴」として存在していた可能性が高いという。しかも、壁画の様式や使用された顔料の分析から判断して、先史時代から約二千年前にかけて、人為的な加工が施された痕跡があると考えられていた。
「この洞窟は、古代から何らかの宗教的な意味を持つ聖域だったのかもしれない」
博士はそう推測していた。そして、記録の最後にはこのような衝撃的な結論が記されていた。
「オランダ人が行方不明になった理由は、洞窟の奥に存在する『異なる空間』に迷い込んだ可能性が高い。あるいはこの洞窟自体が、古来より何らかの『神』や『霊』への入り口として機能していたのではないか。現代の科学では説明のつかない現象が、この場所では起こり得るのかもしれない」
山田教授は博士のノートを公表すべきかどうか長い間迷った。しかし、学問的価値と死者への敬意を考慮し、最終的に限られた研究者の間でのみ情報を共有することにした。




