第一章 始まりの伝説と島の風景
太平洋の青い海に浮かぶ、小さな南国の離島。周囲を穏やかなサンゴ礁が取り囲み、干潮時には純白の砂州が水面に浮かび上がる。島の中央には小高い丘があり、そこに自生するガジュマルの巨木が、その根をうねらせながら何百年もこの島を見守り続けている。
そんな島の海岸沿いには、アダンの木が群生する場所があり、人々はその一帯を「アダン古道」と呼んだ。アダンの木の根元にはヤドカリがよく集まり、細い足をせわしなく動かして砂浜を這い回っている。アダンの実は硬い殻に覆われた球状で、そのごつごつした姿が島の人々にとっては馴染み深い光景だった。
海沿いにはハイビスカスが咲き乱れ、鮮やかな赤やオレンジの花が潮風に揺られている。少し内陸に入るとサトウキビ畑が続き、その先にはクイナの独特な鳴き声が響き渡る森がある。森の合間には、人が一人通れるかどうかという細い小径が幾筋も伸びている。その先の岩場の突端にある洞窟は、いつしか島の者たちに「オランダ洞窟」と呼ばれ、決して近寄ってはいけない場所として畏怖されていた。
その由来は古く、この島に受け継がれる伝説まで遡る。十六世紀後半、大航海時代の真っただ中のことだった。オランダの商船団がこの島の沖で激しい台風に遭遇し、難破したのである。乗組員の半数以上が荒れ狂う海に呑まれて命を失ったが、残された者たちは幸運にも島へと流れ着いた。
当時、島の漁師たちは潜り漁によって生計を立てており、波に打ち上げられたオランダ人を救助したと伝えられている。言葉は通じなかったが、島の人々は彼らに食べ物と水を与え、怪我の手当てをした。しかし、オランダ人たちの一部は、風雨から身を守ろうと海岸の洞窟に避難したまま、ついに戻ってこなかった。
台風が去った数日後、琉球王府からの支援も加わり、島中の男たちが総出で一帯を捜索した。しかし、遺留品や足跡すら見つからなかった。まるで煙のように消えてしまったのである。以来、その洞窟は「オランダ洞窟」と呼ばれ、「異世界へと通じる口」だと囁かれるようになった。
島の人々はアダン古道の先の海岸にあるその洞窟を、畏れと敬意をもって避け続けてきた。一歩でも踏み入れば、再びこの世界に戻ってこられないかもしれない。その言い伝えが幼子から老人に至るまで、島の全住民にしっかりと根付いていたのである。
春の陽光が降り注ぐ午後、島の子供たちがアダン古道で貝殻拾いをしていた。色とりどりの貝殻が砂浜に散らばり、透明なウニの殻やピンクの珊瑚の欠片がまるで宝石のように輝いている。子供たちの無邪気な笑い声が潮騒と混じり合い、平和な島の午後を彩っていた。
しかし、古道の奥へと続く岩場に目を向けると、そこだけは影が濃く、不気味な静寂が漂っている。年長の子供が年下の子に向かって言った。
「あそこは絶対に行っちゃいけないよ。おじいちゃんが言ってたんだ。昔、外国の人たちがあの洞窟に入ったまま出てこなくなったって」
年下の子は不安そうに洞窟の方を見やり、慌ててその場から離れた。こうして、オランダ洞窟の恐ろしい伝説は、世代を超えて語り継がれていくのだった。




