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気象予報センターで働いていたら、有能な先輩に溺愛されました  作者: 双鶴


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8/20

第8話 変わり始めた距離と、触れそうな指先

翌朝。

予報センターは、いつもより静かだった。


澪はデスクで資料を整理しながら、胸の奥が落ち着かないのを感じていた。


(……昨日の黒川さんの言葉、まだ頭から離れない)


「君が、他の誰かに心を向けているように見えると……落ち着かない」


あれは、どういう意味だったのだろう。


考えるだけで胸が熱くなる。


そんなとき。


「白石」


低い声がすぐ後ろから落ちてきた。


振り返ると、黒川晴臣が立っていた。

いつも通りの無表情。

……のはずなのに、どこか柔らかい気配がある。


「今日の解析、俺と一緒にやる」


「えっ、で、でも今日は三浦さんと──」


「俺がやる」


即答。

澪は思わず瞬きをした。


(……なんか、最近“俺がやる”が多い気がする)


黒川は澪の返事を待たず、歩き出した。


「来い」


「は、はい!」


***


データ室。

二人きりになると、空気が変わる。


黒川は複数のモデルを立ち上げ、澪に席を示した。


「昨日の進路変化、もう一度確認する」


「はい」


澪が画面を覗き込むと──


黒川が、いつもより近い。


肩が触れそうな距離。

息がかかりそうなほどの近さ。


(……ち、近い)


澪が少し身を引こうとした瞬間。


黒川の手が、澪の椅子の背に触れた。


「動くな。見えない」


「っ……!」


耳元で低い声。

澪の心臓が跳ねる。


(な、なにこれ……!)


黒川は気づいていないのか、淡々と説明を続ける。


「このラインの変化、昨日より顕著だ。君はどう見る」


「え、えっと……」


「迷うな。君の判断は正しい」


まただ。

また、その言葉。


胸の奥が熱くなる。


黒川は澪の手元に視線を落とし、ふいに言った。


「……手が冷えているな」


「えっ」


黒川は澪の手に触れた。

ほんの一瞬。

けれど、その温度が澪の心臓を強く打たせる。


「集中しろ。……大丈夫だ」


「だ、大丈夫じゃないです……!」


思わず漏れた言葉に、黒川がわずかに目を見開いた。


「……何が大丈夫じゃない」


「ち、近いです……!」


黒川は一瞬だけ固まり──

ほんの少しだけ、視線を逸らした。


「……すまない。気づかなかった」


(絶対気づいてた……!)


澪は心の中で叫んだ。


黒川は咳払いをし、少しだけ距離を取った。

だが、その横顔はわずかに赤い。


「……白石」


「はい……」


「距離が近いと、気になるのか」


「き、気になります……!」


黒川は数秒黙り──

低く、静かに言った。


「……俺は、気にならない」


澪の心臓が止まりそうになった。


(……それって)


黒川は続けた。


「むしろ……近いほうが、いい」


澪は息を呑んだ。


黒川は視線を画面に戻し、淡々とした声で言う。


「……解析を続けるぞ」


だが、その耳はほんの少し赤かった。


──この日、黒川の“距離の詰め方”が変わったことに、

澪はまだ気づいていなかった。


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