第20話 変わらない日常と、変わってしまった距離
昼休みを一緒に過ごしたあとも、
黒川はいつも通り淡々と仕事をしていた。
ただ──
澪の視線が合うたびに、
ほんの少しだけ目元が柔らかくなる。
(……恋人になっても、黒川さんは黒川さんのままなんだ)
それが嬉しかった。
***
夕方。
業務がひと段落した頃、
黒川が澪の席に来た。
「澪」
「はい」
「……帰り、一緒に行く」
澪の胸が跳ねた。
「い、いいんですか」
「当たり前だ」
黒川は自然に澪の荷物を持ち、
歩き出した。
(……自然に“恋人”として扱ってくれるんだ)
胸が温かくなる。
***
センターを出ると、
冬の風が頬を撫でた。
黒川は澪の手を取った。
昨日よりも、迷いなく。
「……冷たい」
「す、すみません……」
「謝るな」
黒川は澪の手を自分のポケットに入れ、
その上から包み込んだ。
(……あったかい)
澪は胸がじんとした。
「澪」
「はい」
「……昨日、言い忘れたことがある」
澪は息を呑んだ。
(まだ……何かあるの?)
黒川は歩みを止め、
澪の方へ向き直った。
「……お前が頑張っているのを、ずっと見ていた」
澪の胸が熱くなる。
「自信がないと言いながら、
誰よりも努力していた」
「黒川さん……」
「……そんなお前を、誇りに思っている」
澪の目に涙が滲んだ。
(……そんなふうに思ってくれてたんだ)
黒川は澪の頬に触れ、
親指でそっと涙を拭った。
「泣くな」
「だ、だって……」
「泣かせたいわけじゃない」
黒川は澪を抱き寄せた。
昨日よりも、
ずっと自然に。
「……これからも、そばにいてくれ」
澪は黒川の胸に顔を埋め、
小さく頷いた。
「はい……ずっと」
黒川の腕に力がこもる。
「……ありがとう」
その声は、
深い安堵と、静かな幸福に満ちていた。
***
帰り道。
二人は手を繋いだまま歩いた。
会話は少ない。
でも、それで十分だった。
(……黒川さんと歩く道が、こんなに温かいなんて)
澪は胸の奥がじんわりと満たされていくのを感じた。
──こうして、二人の日常は静かに変わり始めた。
変わらない仕事。
変わらないセンター。
変わらない空。
でも、
隣にいる人だけが、
もう二度と離れない存在になっていた。
そして澪は思った。
(……この人となら、どんな未来でも歩いていける)
冬の空気の中、
二人の影は寄り添うように重なっていた。




