第19話 恋人になった朝と、変わらない声
告白のあと。
黒川に抱きしめられた温度が、
澪の胸にずっと残っていた。
(……黒川さんが、私のことを……)
眠れないまま朝を迎え、
澪は少し早めにセンターへ向かった。
胸が落ち着かない。
でも、怖くはなかった。
(……会いたい)
その気持ちが自然に浮かんだ。
***
センターに入ると、
黒川がいつもの席に座っていた。
いつも通りの無表情。
なのに、澪の胸は跳ねる。
「……おはようございます」
澪が声をかけると、
黒川はゆっくりと顔を上げた。
「澪」
名前を呼ぶ声が、昨日よりも柔らかい。
黒川は立ち上がり、
澪の前に歩み寄った。
「……ちゃんと眠れたか」
「す、少しだけ……」
「少しだけ、か」
黒川は澪の頬に手を伸ばしかけ──
周囲に人がいることに気づき、
指先を止めた。
その仕草が、
逆に胸を締めつける。
(……触れたいって思ってくれてるんだ)
黒川は小さく咳払いをし、
声を落とした。
「……昨日のことだが」
澪の胸が跳ねる。
「言葉が足りなかったかもしれない」
「え……?」
黒川は澪の手元を見つめ、
少しだけ視線を逸らした。
「……好きだと言ったのは、本気だ」
「……はい」
「軽い気持ちではない」
「はい……」
「……お前が嫌でなければ、
これからも……俺のそばにいてほしい」
澪は胸が熱くなった。
(……黒川さんって、本当に不器用で、優しくて)
「……嫌じゃないです。
むしろ……嬉しいです」
黒川はわずかに目を見開き、
そして小さく息を吐いた。
「……そうか」
その声は、
安堵と幸福が混ざっていた。
***
午前の業務が始まると、
黒川はいつも通り淡々と仕事を進めていた。
だが──
澪が資料を落とすと、
黒川はすぐに拾い上げた。
澪が椅子から立ち上がると、
黒川は自然に距離を詰めた。
澪が少し咳をすると、
黒川は眉をひそめた。
「……まだ本調子ではないな」
「だ、大丈夫です……」
「大丈夫ではない」
(……変わってない。
でも、変わってる)
黒川の優しさはいつも通りなのに、
その温度が違う。
澪は胸を押さえた。
(……恋人って、こういう感じなんだ)
***
昼休み。
黒川が澪の席に来た。
「澪」
「はい」
「……昼は、一緒に食べる」
「えっ……」
「嫌か」
「い、嫌じゃないです!」
黒川はわずかに目を細めた。
「……なら、来い」
澪は胸が熱くなった。
(……黒川さんと“恋人として”過ごす最初の時間だ)
二人は並んで歩き出した。
昨日までと同じ距離なのに、
世界がまるで違って見えた。
──こうして、二人の“恋人としての一日目”が始まった。




