第15話 胸に残った温度と、意識してしまう視線
翌朝。
澪は出勤しながら、胸の奥が落ち着かないのを感じていた。
(……昨日の夜のこと、ずっと思い出しちゃう)
暗闇で抱き寄せられた腕。
耳元で聞こえた鼓動。
名前を呼ぶ声。
思い出すだけで、顔が熱くなる。
(黒川さん……あんなふうに抱き寄せてくれて……)
センターに入ると、黒川がすでにデスクにいた。
いつも通りの無表情。
なのに、澪の胸は跳ねる。
「……おはようございます」
「澪」
名前を呼ばれただけで、心臓が跳ねた。
(……だめだ、意識しすぎてる)
黒川は澪の顔をじっと見つめた。
「まだ熱があるな」
「えっ、あ、あの……」
黒川は澪の額に手を伸ばしかけ──
途中で止めた。
「……触れていいか」
まただ。
また、その聞き方。
「……はい」
黒川の指先が額に触れた瞬間、
澪の体がびくっと震えた。
「……熱は下がっている。だが無理はするな」
「は、はい……」
(落ち着け、私……!)
黒川は澪の手元の資料に目を落とし、
自然な動作で澪の椅子の横に立った。
「今日の解析、俺とやる」
「えっ、で、でも今日は──」
「俺とやる」
即答。
澪の胸がまた跳ねる。
(……なんでそんなに私のことを)
黒川は澪の返事を待たず、歩き出した。
「来い」
「は、はい……!」
***
データ室。
二人きりになると、空気が変わる。
黒川は複数のモデルを立ち上げ、
澪の隣に立った。
距離が近い。
昨日よりも、近い。
(……ち、近い……!)
澪が少し身を引こうとした瞬間。
黒川の手が、澪の椅子の背に触れた。
「動くな。見えない」
「っ……!」
まただ。
また、この距離。
黒川は淡々と説明を続けるが、
澪は全く集中できない。
(……どうしよう。全然頭に入ってこない)
黒川がふいに澪の横顔を覗き込んだ。
「澪。聞いているか」
「ひゃっ……!」
変な声が出てしまった。
黒川がわずかに目を見開く。
「……どうした」
「な、なんでもないです……!」
「顔が赤い」
「ち、ちが……!」
黒川は澪の頬に手を伸ばしかけ──
また途中で止めた。
「……触れていいか」
(む、無理……!)
「だ、だめです……!」
黒川が固まった。
「……だめ、なのか」
「ち、ちが……!
その……触れられたら……集中できないので……!」
黒川は数秒黙り、
ほんの少しだけ視線を逸らした。
「……そうか」
その横顔は、わずかに赤かった。
澪は胸を押さえた。
(……私、黒川さんのこと……)
気づきたくなかった気持ちが、
胸の奥で静かに形を持ち始めていた。
(……好き、なのかな)
──この日、澪は初めて“自分の気持ち”に気づき始めた。




