第14話 暗闇の中で触れた腕と、聞こえた鼓動
その日の夜。
急な気圧変化の影響で、予報センターは夜勤体制に入っていた。
澪はまだ本調子ではなかったが、
黒川が「無理はさせない」と言ってくれたので、
彼と同じシフトに入ることになった。
(……黒川さんと二人きりの夜勤なんて)
胸が落ち着かない。
***
深夜1時。
センターは静まり返っていた。
黒川は複数のモデルを同時に走らせながら、
澪のデスクに近づいた。
「……無理はしていないか」
「だ、大丈夫です」
「大丈夫ではない顔だ」
黒川は澪の額に手を伸ばしかけ──
途中で止めた。
「……触れていいか」
澪の心臓が跳ねた。
「……はい」
黒川の指先が額に触れた瞬間、
澪の体温が一気に上がる。
「まだ熱がある」
「すみません……」
「謝るな」
黒川はいつものように言い、
澪の椅子の横に立った。
そのとき──
バンッ。
突然、センター全体が暗くなった。
「えっ……!」
停電だ。
非常灯がつくまでの数秒間、
完全な暗闇が訪れる。
その瞬間。
黒川の腕が澪の肩を強く抱き寄せた。
「動くな」
耳元で低い声が落ちる。
澪は驚きで息を呑んだ。
(ち、近い……!)
黒川の体温が背中に触れ、
腕がしっかりと澪を包み込んでいる。
暗闇の中、
黒川の鼓動がはっきりと聞こえた。
ドクン、ドクン──
いつもより速い。
(……黒川さん、緊張してる?)
非常灯が点くと、
黒川はゆっくりと腕を離した。
「……すまない。驚かせた」
「い、いえ……」
黒川は澪の肩に手を置いたまま、
真剣な目で見つめた。
「暗闇で、お前がどこにいるか分からなくなるのが……嫌だ」
澪の胸が熱くなる。
「黒川さん……」
「澪」
名前を呼ぶ声が、驚くほど優しい。
「……怖くなかったか」
「こ、怖かったですけど……
黒川さんが抱き寄せてくれたから……大丈夫でした」
黒川は一瞬だけ目を伏せ、
そして澪の手をそっと取った。
「……良かった」
その声は、
安堵と、抑えきれない感情が混ざっていた。
澪は何も言えなかった。
ただ、黒川の手の温かさに胸が震えた。
非常灯の薄明かりの中、
二人の影が寄り添うように重なっていた。
──この夜、暗闇で触れた腕と鼓動は、
二人の距離を決定的に縮めていくことになる。




