第13話 抑えきれない視線と、割り込んだ手
翌朝。
澪はまだ少し熱が残っていたが、昨日よりはずっと楽だった。
(……黒川さん、送ってくれたな)
思い出すだけで胸が熱くなる。
センターに入ると、三浦が声をかけてきた。
「白石さん、昨日大丈夫だった? 顔色悪かったけど」
「あ、はい……もう大丈夫です」
「よかった。心配してたんだよ。
今日の解析、俺が手伝うからさ」
三浦は自然に澪の資料に手を伸ばした。
その瞬間。
「触るな」
低い声が背後から落ちた。
澪も三浦も振り返る。
黒川晴臣が立っていた。
昨日よりも、明らかに機嫌が悪い。
「黒川さん……?」
三浦が苦笑する。
「いやいや、俺はただ──」
「白石の解析は俺が見る」
黒川は澪の資料を三浦の手から奪うように取り、
澪の肩に手を置いた。
「来い」
「え、あの……」
「来い」
黒川は澪を連れて歩き出す。
三浦は何も言えずに立ち尽くした。
(……黒川さん、怒ってる?)
***
データ室。
二人きりになると、黒川は資料を机に置き、
澪をじっと見つめた。
「……昨日、帰ったあと」
「え?」
「三浦が、お前のことを聞いてきた」
澪は瞬きをした。
「わ、私の……?」
「“白石さん、最近黒川さんと仲良いよね”と」
澪の胸が跳ねた。
(……そんなふうに見えてるの?)
黒川は続けた。
「……気に入らない」
澪は息を呑んだ。
「え……?」
黒川は澪に一歩近づく。
距離が近い。
息が触れそうなほど。
「お前が、他の男に心配されるのが……気に入らない」
澪の心臓が早鐘のように鳴る。
「黒川さん……」
「澪」
名前を呼ばれ、胸が熱くなる。
黒川は澪の手首をそっと掴んだ。
「……昨日、俺に寄りかかっただろう」
「えっ……」
「覚えていないのか」
澪は顔が熱くなるのを感じた。
(……覚えてる。覚えてるけど……)
黒川は澪の手を離さず、低く言った。
「……あれを見た三浦が、どう思うか分かるか」
「ど、どうって……」
「“俺が、お前を特別に扱っている”と」
澪は息を呑んだ。
黒川は続けた。
「……それが、気に入らない」
澪の胸が痛くなる。
(……どうしてそんなに)
黒川は澪の手を強く握り、
視線を逸らさずに言った。
「……お前が、誰にどう見られるかなんて……本当はどうでもいい」
「え……?」
「だが──」
黒川は言葉を切り、
澪の手をゆっくりと離した。
「……俺以外に、触れられるのは……嫌だ」
澪は何も言えなかった。
胸が熱くて、苦しくて、嬉しくて。
黒川は深く息を吐き、
少しだけ視線を逸らした。
「……すまない。言いすぎた」
「い、いえ……」
「解析を始めるぞ」
黒川はいつものようにモデルを立ち上げたが、
その横顔はわずかに赤かった。
──この日、黒川の嫉妬は“行動”として表に出た。
そして澪は、初めてその感情の重さに気づき始めていた。




