第12話 肩に落ちた手と、離れたくない距離
黒川に支えられながらセンターを出た澪は、
夜風に触れた瞬間、ふっと力が抜けた。
「……ごめんなさい。迷惑かけて」
「迷惑ではない」
黒川は即答した。
その声は低く、静かで、どこか怒っているようにも聞こえる。
「澪」
名前を呼ばれるたびに、胸が熱くなる。
「歩けるか」
「だ、大丈夫……です」
「大丈夫ではない」
黒川は澪の腰に手を添え、支えるように歩き出した。
その手は驚くほど優しい。
(……こんなに近いのに、全然嫌じゃない)
むしろ、離れたくなかった。
***
センターの外にあるベンチに座らされると、
黒川は自販機で温かい飲み物を買ってきた。
「飲め」
「ありがとうございます……」
澪が缶を握ると、黒川は隣に腰を下ろした。
距離が近い。
肩が触れそうなほど。
「……さっきの続きだ」
澪の心臓が跳ねた。
(続き……?
“特別に呼びたい”って……)
黒川は数秒黙り、
覚悟を決めたように澪を見つめた。
「澪」
「……はい」
「お前は、俺にとって──」
その瞬間、澪の体がふらりと傾いた。
「っ……」
黒川が即座に抱きとめる。
「無理をするなと言っただろう」
「ご、ごめんなさい……」
「謝るな」
黒川は澪の肩を抱き寄せ、
額にそっと手を当てた。
「……まだ熱い」
「すみません……」
「謝るなと言っている」
黒川は澪の肩を抱いたまま、
静かに言った。
「……離れたくない」
澪は息を呑んだ。
(……え?)
黒川は続けた。
「お前が倒れそうになるたびに……心臓が痛くなる」
胸が熱くなる。
「澪」
名前を呼ぶ声が、驚くほど優しい。
「……お前を守りたいと思うのは、間違っているか」
「ま、間違ってなんか……ないです」
「そうか」
黒川は澪の肩を抱く腕に、少しだけ力を込めた。
「……なら、もう少しだけ、このままでいろ」
澪は何も言えなかった。
ただ、黒川の肩にそっと頭を預けた。
夜風が静かに吹き抜ける。
二人の距離は、もう戻れないほど近かった。
──この夜、黒川が初めて見せた“離れたくない”という感情は、
二人の関係を決定的に変えていくことになる。




