六、幼い人質(6)
今回は後書きに挿絵がございます
翌日未明、道中の無事を祈る儀式が行われた。身替わりの件を知っているのは、王、王妃、王の子供達、御殿医数名、チャイコンの側近とチャイレンの側近である。加護の件は、王、王妃、チャイレン以外からは隠されていた。塩竜の加護はロンワの歴史に記録がない奇事だ。王も対応を決めかねていた。
絹織りの煌びやかな長衣を身につけ、チャイレンは輿に乗りこむ。足元まで届く紗を垂らした帷帽を被っている。身替わりだと知っている者に対しても、あくまで変装という体での出発だ。表向きは、六王子チャイコンが回復して、七王女チャイレンが同じ症状になったという触れ込みであった。チャイコンは密かに夕焼宮に移されていた。
国を代表して人質となる為の旅だ。護衛団の行列は竜の如く長い。賠償金と、新国境に建てる境界石も運んでいた。それらを護る兵士たちと、道中の食事を司る厨士と呼ばれる者たち、着替えを担当する侍女や侍従、数名の医師たちなどの行列が荷物と共に続いていた。ユウ大王国側から派遣された作業団と合流し、護衛団は無事境界石を据えた。設置後は国境を越え、元はロンワ領であった山脈に入る。
突然、風切音が響く。七王女の乗る輿の簾が捲れた。カッと音を立てて支柱に矢が突き刺さる。まだら模様の矢羽をつけた紅の矢である。
「山賊だっ!殿下をお護りせよ!」
護衛隊長の叫びと共に、矢を弾き斬り払う音が聞こえた。七王女は姿勢を崩さず護刀を振るって、輿の中まで届いた矢を処理していた。ひとしきり降った矢の雨が止むと、今度は一群の盗賊とおぼしき雄叫びが上がる。
「かかれー!」
「おーっ!」
「ヤァー!」
山路に斬り結ぶ刃の立てる金属音がこだまする。輿に座るチャイレンは、冷静に聞き耳を立てていた。そこへ、汚れた布に毛皮を被せた服を着た小柄な男が飛び込んできた。
「何やつ」
男は袖口から取り出した小瓶の蓋を開けようとする。チャイレンが咄嗟にたたき落とす。男が反応するより前に、チャイレンの腕が力強く突き出された。腕は相手のの胸にあたり、襲撃者は勢いよく輿の外へと飛んでゆく。
「ぐわあああっ」
「怯むなっ!」
山賊の蛮刀が四方の簾を切り裂いた。蛮刀の切先が床に転がった陶器の小瓶に当たる。弾みで蓋が開くと、中から黄色い芋虫のようなものが這い出した。チャイレンはすかさず護刀で虫を切り刻んだ。
「蠱毒か」
チャイレンの眉間に皺がよる。蠱毒は毒のある虫を体内に入れて行う呪術の一種だ。蠱毒は古い文献に記載があるだけで、現在のロンワには目撃した人がいない。この呪術は、雪国に伝わる秘術だと言われる。シュエ国は、ロンワ南方に聳える山々に抱かれた谷間にあるとされていた。この国の実在は疑われていた。




