三、幼い人質(3)
女官に案内されて、ロンワ王が夕焼け宮を歩く。練武場に差し掛かると、勇ましい女性の声が聞こえだす。暗く沈んでいた王の表情に、少しだけ明るさが戻って来た。
「イヤーァ!」
「ヤァー!」
練武場では、2人の女武者が手合わせをしていた。1人は体格が良く、真っ赤な武衣で狼牙棒を振り回す。1人は黒い武衣を身につけた子供だ。鋼の長槍を繊細な動きで操っていた。穂先が優雅な曲線を描くたび、群青色の飾りもしなやかに踊る。晴れた日の海原を思わせる情景だった。
体格の良い女性が逞しい肩を活かして、容赦なく狼牙棒を振り下ろした。子供は軽やかに飛び上がり、狼牙棒に飛び乗った。そのまま太い柄の上を走る。鋼の長槍は腰だめに構えて、猛禽の如き眼差しで相手の喉元を狙う。
赤い女性は上体を捻る。武器は身体を捻った方向とは逆へと横ざまに振った。
「あっ」
小さな叫びと共に、黒い子供は跳ね上がる。体制を崩す前に上へと逃げたのだ。槍を回転させて、空中で体の前に持ってくる。穂先が下を向いた。子供は槍に体重を乗せて足から先に落ちてくる。群青色の飾り布が真昼の太陽を受けて鮮やかにはためく。大柄な女性は余裕で躱し、狼牙棒をヒョイと放った。武器は武器架にストンと収まる。その瞬間、女性が子供の首根っこと槍を同時に掴んだ。
「参りました」
子供が肩を落として負けを認めた。女性はニッと笑って、敗者を地面に降ろした。
王が手を叩きながら2人に近づいた。
「素晴らしい!」
2人も王の方へ歩きだす。懐から取り出した布で汗を拭いている。
「王妃、チャイレン」
「陛下」
「父君様」
チャイコンとチャイレンは男女の双子だが、とてもよく似ている。身長はチャイレンのほうが少し高い。
「チャイコンの様子はどうですか?」
王妃が生真面目な様子で訊ねた。
「変わらぬ。医師達によれば伝染性は無いようだから、午後からは王妃とチャイレンも見舞って良いぞ」
王や他の子供達には大海竜の加護がある。毒や呪術は完全に防ぎ、感染症も軽くてすむ。だが、傍系の子供達と王族の配偶者にこの加護はない。
「午後、早速参りましょう!」
チャイレンは、勢いよく王妃を見上げて言った。
「そうですね」
王妃は厳しく頷いた。
「2人とも、食事にしよう。話したいことがある」
「はい」
「父君様、今日は夕焼け宮でお食事なさるのですか?」
「そうするつもりだ」
ロンワの王子王女は、幼い頃から子供部屋ならぬ子供宮を与えられている。一夫一婦であるが、家族揃っての食事は滅多にない。これは古代竜の生態に影響を受けた文化だと言われている。大海竜も、妻の白塩竜や子供達と仲はいいが離れて暮らしている。
「母君様もですよね?」
「話があるからな。そうしてもらう」
「兄君様や姉君様がたは?」
「昼はそなた達2人だけだ。晩餐には皆で集まる」
チャイレンは姿勢を正した。話が自分に関わることなのだと、子供ながらに理解したのである。




