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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第七章:守られる檻、ほどける決断

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097話『ぷよクッションと、告知の違和感』

金曜日。こどもの日。


祝日らしく、窓の外の光はのんびりしている。

起きて顔を洗って、リビングのソファに沈む。


コユキはテーブルの端で丸くなっていて、ミニチュアのディアはマグを片手に、いつもの場所にいた。


何の気なしにスマホを開いた瞬間、広告が目に飛び込んできた。


「スキル封じ首輪」「洗脳対策ネックレス」「帰還者に効く――」

……効くなら、まず国が動いている。


売れる匂いがするところに、詐欺は湧く。

世の中は変わっても、そこだけは変わらない。


コユキが、露骨に嫌そうな顔をする。


「それ、効いたら苦労しない」


「だよな」


ディアが小さく肩をすくめた。


「人間って、恐怖で商売するのが上手よね」


言葉は冷たいのに、声は妙に落ち着いている。


そのとき、スーラがぷるん、と動いた。


小さく膨らんで、僕の手元を覗き込むみたいに身体を伸ばす。


広告の派手な色に惹かれたのか、ぷる、と首を傾げた。


「……ぷる?」


その間の抜けた反応に、思わず口元が緩む。


「よくないものは見ないでおこうね」


僕はスマホを伏せた。

スーラはぺた、満足そうに落ち着く。


台所から、ディアの声が届く。


「スーラ、これから料理するから少し手伝って」


スーラがぷるん、と跳ねて、ぺたぺたと台所へ向かった。

それから、台所の方でぺた、ぷる……と小さな音がして、ビニールの端や皮の切れ端みたいな“細かいゴミ”が消えていく気配がした。


便利だ。

そして、かわいい。


さて――今日の方針は決まっている。


買い出しと、94階での訓練。

祝日だろうが、一日ダラダラ過ごすわけにはいかない。


ディアの料理が終わった頃。


エコバッグを肩にかけて、玄関へ。

コユキは先に影へ溶けて、外用の気配に切り替える。

ディアは念話で、買うものを淡々と述べた。


『鶏肉。野菜。卵。あと、塩分と水。……それからゴミ袋はスーラがいるから少なくていい』


「了解」


スーラが胸の内側に、ぺた、と密着した。


スーラが服の内側で待機している。

触れているというより、“着ている”に近い。

薄いスライム製のシャツを一枚、追加で仕込んだみたいな感触で、身体の動きに合わせてぷるっと追従してくる。


守られているのは分かる。

分かるけど――ぷるっと反応するとこそばゆい。


「……いたずらしてないよな」


影の中から、コユキが即答する。


「そんなことしない。スーラは真面目」


ぷる、と胸元が小さく震えた。

否定のつもりらしい。――少しこそばゆかった。


スーパーでは、ディアの指示が正確だった。

献立の最短ルート。

僕は言われた通りに籠へ放り込むだけで、余計な迷いがない。


祝日の売り場は家族連れが多い。

その“普通”が、少しだけ眩しい。


僕らは僕らの生活をしている。

それだけのことが、いまは大事だった。


昼。

帰宅して、荷物を片付ける。

買ったものを冷蔵庫へ入れて、空き箱や包装をまとめて、机の上の細かい紙片を集める。


そこへ、スーラが出てきた。


ぷよ、と床に落ちて、ぺたぺたと動く。

玄関の髪の毛、包装の切れ端、机の角の小さなゴミ。

吸って、溶かして、消す。


片付けが“片付け”じゃなくて、“消去”になっている。


コユキが感心した声を出した。


「スーラ、最近、家の妖精」


スーラが、ぷるん、と少し膨らむ。

褒められたのが分かったらしい。

得意げにぺたぺた走って、最後に僕の足元へ戻ってきた。


「……助かる」


ぷる。


返事みたいに揺れて、また戻っていく。


94階。

今日はディアに、強敵を出してもらう。

狩りじゃない。訓練だ。


「強敵相手のフォームと運用を詰めたい」


「いいわ。じゃあ、遠慮なく出す」


ディアの声は淡々としているのに、言ってる内容は容赦がない。


まずは同時運用。

索敵、補助、防護。

複数のスキルを重ねたまま、消費の癖を読んでいく。


次に立ち回り。

回避して、反撃して、距離を取って、もう一度詰める。

一つひとつを丁寧に繰り返す。


コユキは短距離の索敵と、広域の索敵を交互に回して精度を調整していた。

淡々としているのに、集中が切れていない。


疲労が溜まってきた頃。

休憩に入ると、スーラがぷよ……と膨らんで、形を整える。

座れそうな高さ。

ちょうどいい柔らかさ。


……クッションだ。


僕はそれに腰を落とす。


「……便利だな」


スーラが、ぷるぷる、と嬉しそうに震える。


ディアが、少し呆れた声を落とした。


「甘やかされて育つわね」


止めないあたりが、ディアだ。


もう一度、立つ。

動く。


そして――身体の奥が、ふっと軽くなる感覚が来た。


(……上がったな)


走り出しが少し滑らかで、視界が澄む。

呼吸がひとつ深く入る。


僕はステータスウィンドウを確認した。


レベル61。


「……よし」


大きく喜ぶほどではない。

でも、積み上げた分だけ前に進んだ。

その事実は、ちゃんと効く。


夕方。

サブゲートを出て、物置部屋に戻った瞬間にスマホが震えた。


柊さんからのメッセージ。

【月曜、WEB会議できないでしょうか】


やっときた。メッセージの内容は短い。

でも、透けて見える。


動画拡散の件。

政府としての見解。

首輪の扱い。


僕は即答で返す。

【可能です。時間だけ教えてください】


送信して、画面を閉じる。


頭が“仕事側”へ寄りそうになった瞬間、ミニチュアのディアが肩を撫でるみたいに言葉を落とした。


「戻りなさい。――いまは仕事じゃないでしょ。祝日よ」


「……了解」


その一言で、目の焦点が家に戻る。

助かる。


夜。

ニュースをつけると、関係省庁のコメントが読み上げられていた。


「真偽不明の情報に注意」

「犯罪行為は通報を」

「冷静な対応を」


言葉は薄い。

ここまで燃えているのに、火に水をかける温度じゃない。


でも、言えない事情があるのも分かる。

政府内でも色んな意見がぶつかり合い揺れている感じを受ける。


どちらにしても、今は明確に言えないのだろう。


食後。

ふと思い出して、久しぶりに『みみモン日記』を開いた。

現実逃避じゃない。

帰還者チャンネルの状況確認――そういう名目にしておく。


動画の概要欄に、大きく告知が載っていた。


5月6日土曜日、京都、トークイベント開催。


(……明日だ)


帰還者ゲスト:速水えりな、ナナ、鷹城慎吾。

司会:白石 悠真(ラジオパーソナリティ兼フリーMC)。


(……この状況で、中止しないのか)


胸の奥が、じわっと落ち着かない。

理由は言語化しない。

できないんじゃない。したくない。


今、帰還者イベントは火種になる。

恐怖も、熱狂も、ぜんぶ燃料だ。


僕はチケットページを開いた。


――完売。


「買えないな」


「完売、早かったのね」


ディアの声が落ちる。


(払い戻し、会場、関係者。いろいろ動いてるでしょうね。簡単には止められない)


腑に落ちた。

だから押し切る判断になる。

だからこそ、余計に怖い。


「……明日、近くまで行くか」


「推しの確認ね」


「違う。違うって。……確認だ。状況の」


片付けを始めると、スーラがまた出てきた。


ぺたぺたと食卓を回り、細かいゴミを拾って溶かす。

包装の端。

切れ端。

小さな紙くず。


消していく。


最後に、スーラが小さく膨らんで、枕寄りのクッションになった。

僕はその上に手を置いた。


ぷよ、と温度が返ってくる。


明日は、京都の会場近辺へ。

チケットはない。

中には入れない。


ただ、近くの空気だけを確認する。


不穏は残る。

それでも――今夜は、家の明かりと、ぷよっとした温度で終わる。


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