表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第六章:仮面の告発者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/118

089話『SideStory 九条 誠吾 ― 崩れる拍手』

会場に入った瞬間、九条はまず「流れ」を拾った。


入口、退路、詰まりやすい角。

事故はいつも、同じ場所で起きる。

今日はそれを“起こさせない日”だ。


――名目は「意見交換会」。

政府が帰還者の声を聞き、情報を共有する場。

建前は、柔らかい。


柔らかい建前ほど、刃が隠れる。


特務班は12名。

見える場所に4、見えない場所に8。

“警備”に見せた人間と、“雑用”に見せた人間。

九条はその配置を、胸の奥で指さし確認する。


(予定通りに進むはずがない。だが、崩れても折れない形にはしてある)


帰還者の入場が始まる。


誰もが、少しだけ姿勢を大きく見せて入ってくる。

力を得た人間は、立ち方が変わる。

視線が変わる。歩幅が変わる。


――顔見知りばかりだ。


九条がここ数週間で実際に会い、会話をし、目を見てきた面々。

今日の名目は「意見交換」でも、実態は“犯人探し”だ。


喋りが上手い日向は、“場を動かせる口”だ。

速水は“像が先に歩く”。周囲が勝手に守る。

榊原は“視線が合わない”。介入系の可能性がある。

——覚えておくのはプロフィールじゃない。

事故の起点になり得る“癖”だ。


他の面々も、全員、九条は知っている。


そして――山田玲央が来た。


場の“重心”が、そちらへ少し傾く。

6人を引き連れているというより、最初から舞台装置として連れて歩いている。


上座へ向かう足取りに迷いがない。

案内を待たない。確認もしない。

昔からそうだ。最初に派手に目立ち、注目に味をしめて、勢いでチームを作った。

拍手が増えるほど声が大きくなる――そういう人間。


九条は山田を長く見ない。見るべきは周囲の反応だ。


そこで、もう一つの違和感が入ってきた。


カメラ。三脚。肩に担ぐ機材。

動きが慣れている。場に馴染むのが上手い。――同伴の手続きは聞いていない。


(山田が連れてきたな)


厄介なのは、存在そのものじゃない。

“映像に残る状況”で人が判断を誤ることだ。


会議が始まる。


司会役が、柔らかい言葉を並べる。

「本日は帰還者の皆さまの声を伺い、互いの情報を交換し――」

「政府としても、現場の意見を今後の施策に――」


形式が会場に落ちきる前に、山田が立った。


「俺たち帰還者は、選ばれた存在だ」


内容は粗い。まともに聞けば首を傾げる。

それでも山田は埋めない。埋めないまま押す。

“気分のいい言い切り”だけで、空気を前に倒す。


「政府の管理など受ける必要はない。俺たちが、この国を引っ張る」


――会場が熱を持った。


拍手が早い。揃いすぎる。

笑うべきじゃない場所で、笑いが起きる。


(……うっ)


九条はそこで初めて、薄い圧を皮膚で拾った。

音でも視線でもない。頭の奥が、ぞわりとする。

触れられたわけでもないのに、思考だけが撫でられる。


次いで、前の列が立ち上がった。


「そうだ!山田さんが言う通りだ!」


一人が叫ぶと、二人が続く。

合図があったように、連鎖が起きる。

警備員の一部まで顔が変わる。

焦点が山田に吸われていく。


九条は短く息を吐いた。

――シュナが用意した対策は、確かに効いている。

自分も、柊も、八代さんも崩れていない。

だが空気そのものは止まらない。


「……柊」


口の形だけで合図を送る。

柊は頷かない。ただ視線の鋭さだけが一段落ちる。


九条は、さらに視線を滑らせた。


落ちていない者が、点で残っている。

山田より強いとされている者。耐性を持つ者。


――その点のひとつが、一ノ瀬だった。



――一ノ瀬は、空気が変わった瞬間に胃が冷えた。


「賛成したい」じゃない。

「それが正しい気がする」に、心の向きが書き換わる。


自分の意志が、自分のものじゃなくなる感覚。


(……これ、スキルだ)


喉が乾く。目の奥が熱い。

それでも、踏みとどまれたのは――強さだ。


一ノ瀬は唇を噛み、視線だけで周囲を見た。

“強そうな人”が、まだ数人、残っている。

――なら、止められる。



九条は会場の反応を、数字に置き換える。


落ちた警備員。落ちた帰還者。落ちた特務班。

動ける者。動けない者。

その分布が、最悪へ寄っている。


(このままなら、会場のルールが山田側に書き換わる)


“今”止める。

だが、止め方を間違えれば、映像と世論が火を吹く。


九条は迷わない。

迷う材料を、もう事前に削っている。


(投入する。――シュナ)


インカムに、今度は言葉を落とす。短く。


「来てくれ」


返事はない。返事はいらない。

切り札とは呼ばない。

“最後の手”だ。


あれは正義でも英雄でもない。

事故を止めるための、手順だ。


拍手が、さらに揃った。

笑いが起きる。

「そうだ」が連鎖する。


――熱が、型にはまっていく。


九条は、そこで初めて“時間”を数えた。

何分耐えればいい、ではない。

何秒で「次の事故」が起きるか、だ。


(このままだと――誰かが手を出す)


正義の顔をした暴力が、いちばん止めづらい。


九条は、呼吸をひとつだけ深くした。

焦ると、指示が雑になる。

雑な指示は、死人を作る。


柊が、動かずに囁く。


「……九条さん。状況がよくありません」


「分かっている」


八代さんは、呼吸が乱れない。

——この手の空気に慣れている。

国会という名の闘技場で、化け物みたいな連中と渡り合ってきた側だ。

怒号も詭弁も世論も、全部“武器”として扱う人間だ。


山田はさらに熱を煽るように、声を張った。


「政府は俺たちを“管理”するつもりだ。危険だ、危険だってな。笑えるだろ?」


笑いが起きる。

笑うべき場所じゃないのに、笑いが起きる。

それが、いちばん気持ち悪い。


「危険なのは、俺たちじゃない。俺たちを縛ろうとする連中の方だ!」


“縛る”という単語が出た瞬間、九条の背筋がわずかに硬くなる。

――来る。これから先は、言葉じゃなくなる。


実際、山田のチームの一人が動いた。

警備員に近づいて、耳元で何かを言う。

警備員が頷き、視線が会場の出入口へ向く。


(何をする気だ?)


扉を閉める。誰かを指差す。排除の対象を作る。

そうやって一気に、会場を自分の色にしていく。


九条は椅子の肘掛けに指を置き、ほんの少しだけ力を入れた。

その合図で、五十嵐が数センチだけ位置を詰める。

目立たない。だが、即応できる距離。


その時――会場の後方、入口側で小さな揉め事が起きた。

警備員が誰かを止めている。


「お名前を――」

「……まで、お通しできません」


次の言葉が、途中で途切れる。


音が消えたわけじゃない。

“引っ込んだ”。

誰かが、息を呑んだ気配だけが残る。


そして――遅れて、会場の端まで届くものがあった。


圧。

空気が、きゅ、と締まる感覚。

肌が粟立つほどじゃない。

けれど、確実に「近づくな」と言っている。


カメラマンが、反射みたいに入口へレンズを向ける。

見えない相手に向けているのに、そこに“事件”があると分かっている動きだ。


山田も気づいたらしい。

壇上から、わざとらしく笑って手を叩いた。


「おいおい。何だよ。演出か?」


会場の半分が笑う。

笑いが、攻撃になる。


――次の瞬間。


静かに扉が開いた。


黒猫の仮面の男が、静かに歩み入る。

早歩きじゃない。走りもしない。

“遅い”くらい落ち着いた歩幅で、会場の中心へ向かう。


この男は、熱狂に飲まれない。

空気に合わせない。

空気を、相手に渡さない。


そして、黒猫の仮面が口を開く。


「……少し静かにしてもらおうか」


その声は大きくない。

なのに、会場の端まで届いた。


熱狂が一瞬だけ、揺れる。

塗り替えられていた“空気”に、ひびが入る。


――一ノ瀬が、そのひびを見逃さなかった。



一ノ瀬は、喉の奥がきゅっと鳴ったのを飲み込む。

黒猫の仮面。

普段と姿も雰囲気も違う。けれど、あの“安心感”は変わらない。


(……時任さん)


口に出したら、壊れる気がした。

だから、目だけで追った。



山田は、仮面を見て吹き出した。


「何だそのふざけた仮面。――おい、つまみ出せ」


命令が飛んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
山田君、アイドルの語源は「偶像」だそうだよ?君は創られたハリボテか、はたまた踊らされる道化か。メッキが剥がれ正気を取り戻した時、残ったモノが後悔と羞恥心でなければ良いね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ