086話『間に合った切り札』
──金曜日、4月28日。
暦の上では、もう連休に片足を突っ込んでいる。
世の中には、明日から有給を繋げて9連休にする人もいるだろう。
……羨ましいか?
いや、羨ましい、けど。
会社は暦どおりだ。
しかも今のPJは6月末納品で、僕は毎日“半休”を取ってる。
余裕があるわけがない。
連休に逃げるより、前に詰めて終わらせる。
(5月1日と2日は、午前だけ働く。……僕も大概だ)
在宅用のPCを立ち上げ、いつもの画面を開く。
会議、チャット、レビュー。淡々と流し込む。
資料の叩き台は、いまやAIが作ってくれる。
速い。雑に速い。
だからこそ、最後の“整える”は人がやる。
見出しの角度。言い回し。顧客の地雷。
そこだけは、経験の仕事だ。
短い会議を一本だけ片付けて、午前を締めた。
今日は、何も起きない。
こういう日が、いちばんありがたい。
昼。
レンジで温めたご飯を口に運んだ瞬間、ピンポン、と鳴った。
「……ちょうどいい時に来るな」
玄関を開けると、宅配便。
受け取った箱は、妙にずっしりしている。
部屋に戻って、テーブルに置く。
段ボールを開けると――金属の光が、ぬるく返ってきた。
ステンレス、鍵付き、首輪。
サイズは四種類。
S、M、L、2L。
「来たわね」
ディアが、当然みたいに言う。
「来たな……」
コユキは尻尾を揺らしながら、箱の中を覗き込む。
「人間の世界、配送が速い。すごい」
「そこじゃない」
僕は咳払いして、肩に座っていたミニチュアのディアに目を向けた。
「……試す?」
ディアが一拍おいて、目を細める。
「……何を?」
「サイズ」
「分かってるわよ。……でも、その言い方だと――そういう趣味に聞こえるわね」
横からコユキが、尻尾をひとつ揺らす。
「秀人、“首輪”って単語の時点でアウトだよ」
「うるさい。これは業務だ」
ディアがふっと笑って、僕の肩からふわりと離れた。
「ええ。サイズ確認は必要でしょう。……業務としてね」
次の瞬間、ディアの輪郭が“本来の大きさ”へ戻った。
人の形に、温度と重みが増す。
髪がさらりと落ち、空気が少しだけ変わる。
まず、S。
ステンレスの冷たい輪を、ディアの細い首元に当てる。
カチ、と閉じる音が小さく響いて――ぴたり、と収まった。
「……Sでちょうどだな」
ディアは鏡でも見るみたいに指先で確かめて、淡々と頷く。
「ええ。私はこれで問題ないわ」
コユキが、どこか満足げに言った。
「はい、ディアのサイズ確認。次、秀人」
次に、僕。
Mは……少し、窮屈。
Lだと、少し余裕がある。
2Lはさすがに遊びが大きい。
「僕はL寄りか……」
「秀人はLだね。人間男性の標準」
「……急に統計で殴ってくるな」
コユキがさらに追撃する。
「管理職の首は硬い。頷きすぎるから」
「褒めてないよな、それ」
ディアは肩をすくめ、鍵を指先でひらりと揺らした。
金属が小さく鳴る。やけに“現実的”な音だ。
「鍵があるのは正しいわ。問題は――“中身”ね」
「……だよな」
そう。ここからが本題だ。
今日は、レグリスが戻ってくる日。
午後。
94階へ移動する。
城の空気は落ち着いていて、余計な雑音がない。
“整う”には、ちょうどいい。
「じゃあ、軽く体を動か――」
言いかけたところで、ディアがふと耳を澄ませた。
「……92階。レグリスの魔力炉、チャージが溜まったって。今、連絡が入ったわ」
「今?」
昼の宅配に続いて、今度はこれか。
(今日は妙に、段取りが勝手に揃う日だな……)
移動して、ディアが転送陣を作る。
淡く光り、空気が一瞬だけ“入れ替わる”。
現れたのは――人型サイズのレグリスだった。
三メートルの騎士型じゃない。
金属の装甲はそのままに、関節の動きは滑らかで、妙に“出来上がってる”。
「……え、小さくなってる!?」
思わず声が裏返った。
レグリスは淡々と答える。
「サイズ調整。生活圏適応を優先」
コユキが尻尾を揺らして、納得した顔で言う。
「これなら、人間の生活圏でも動けるね。もし外に出られるようになったら」
「外に出る前提で話すな」
言いながら、脳内で映像が勝手に再生される。
コンビニ前に金属の人。
――通報案件だ。
僕は、レグリスに向き直った。
「首輪に、ディアの“発動を散らす”スキルを乗せられる?付与できる?」
レグリスは一拍だけ静止してから、頷いた。
「可能。媒体強度、十分。起動条件設計、要調整」
次の瞬間。
レグリスの装甲の継ぎ目が静かにほどけ、内側から細いツールアームが伸びた。
ディアがそれを受け取る。
レグリスが首輪を持ち上げ、指先が“工具”みたいに形を変える。
削る、刻む、埋める――音が小さく、作業が早い。
ディアが静かに言う。
「条件は単純でいい。相手が“スキルを立ち上げようとした瞬間”だけ。スキル発動に必要な魔力を散らす」
「了解。起動トリガー――対象魔力。優先割り込み――散逸術式」
レグリスが淡々と組み上げていく。
数分。
レグリスが首輪を差し出した。
「完成。対象がスキル発動を試みた瞬間、首輪が先行起動。術式を散逸させる。発動は“不発”扱いとなる」
「……できた?」
ディアが受け取り、指先で軽く確かめる。
「ええ。埋め込まれたスキルで魔力を散らせる。これなら――“スキルが発動できない”」
僕は、思わず笑ってしまった。
「間に合った……そして、成功したな」
コユキが僕の顔を見て、尻尾を揺らす。
「顔、ゆるい」
「今はゆるめさせてくれ」
レグリスが、さらに一言だけ付け加える。
「鍵機構、改良。ピッキング耐性、向上。おまけ」
「……“おまけ”って言葉が軽すぎるだろ」
でも、ありがたい。
全部、ありがたい。
「……ところで、秀人。今日は17時に出発だったよね?」
コユキがさらっと確認した。
「ああ。新大阪で新幹線、18時半くらい」
「了解。じゃあ、17時までレグリスといる」
「え?」
僕が聞き返す前に、コユキは既に“教材”を広げ始めていた。
例のデータ整理を、レグリスに渡す。
「はい、授業。まず“人間の会話”から」
「受講、開始」
レグリスが即答する。
横でスーラが、ぷるん、と弾んだ。
聞く気満々だ。
分かってるのかは怪しいけど。
僕は苦笑して、ディアに目を向けた。
「訓練は、今日はいいか」
「珍しいわね」
「今日は……間に合った記念日ってことで」
「言い方が雑ね。でも、悪くないわ」
ディアが少しだけ口元を緩める。
出発まで、僕とディアは城の奥へ引っ込んだ。
その方が、明日が戦える。




