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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第六章:仮面の告発者

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086話『間に合った切り札』

──金曜日、4月28日。


暦の上では、もう連休に片足を突っ込んでいる。

世の中には、明日から有給を繋げて9連休にする人もいるだろう。


……羨ましいか?

いや、羨ましい、けど。


会社は暦どおりだ。

しかも今のPJは6月末納品で、僕は毎日“半休”を取ってる。

余裕があるわけがない。

連休に逃げるより、前に詰めて終わらせる。


(5月1日と2日は、午前だけ働く。……僕も大概だ)


在宅用のPCを立ち上げ、いつもの画面を開く。

会議、チャット、レビュー。淡々と流し込む。


資料の叩き台は、いまやAIが作ってくれる。

速い。雑に速い。

だからこそ、最後の“整える”は人がやる。


見出しの角度。言い回し。顧客の地雷。

そこだけは、経験の仕事だ。


短い会議を一本だけ片付けて、午前を締めた。


今日は、何も起きない。

こういう日が、いちばんありがたい。


昼。

レンジで温めたご飯を口に運んだ瞬間、ピンポン、と鳴った。


「……ちょうどいい時に来るな」


玄関を開けると、宅配便。

受け取った箱は、妙にずっしりしている。


部屋に戻って、テーブルに置く。

段ボールを開けると――金属の光が、ぬるく返ってきた。


ステンレス、鍵付き、首輪。

サイズは四種類。


S、M、L、2L。


「来たわね」


ディアが、当然みたいに言う。


「来たな……」


コユキは尻尾を揺らしながら、箱の中を覗き込む。


「人間の世界、配送が速い。すごい」


「そこじゃない」


僕は咳払いして、肩に座っていたミニチュアのディアに目を向けた。


「……試す?」


ディアが一拍おいて、目を細める。


「……何を?」


「サイズ」


「分かってるわよ。……でも、その言い方だと――そういう趣味に聞こえるわね」


横からコユキが、尻尾をひとつ揺らす。


「秀人、“首輪”って単語の時点でアウトだよ」


「うるさい。これは業務だ」


ディアがふっと笑って、僕の肩からふわりと離れた。


「ええ。サイズ確認は必要でしょう。……業務としてね」


次の瞬間、ディアの輪郭が“本来の大きさ”へ戻った。

人の形に、温度と重みが増す。

髪がさらりと落ち、空気が少しだけ変わる。


まず、S。


ステンレスの冷たい輪を、ディアの細い首元に当てる。

カチ、と閉じる音が小さく響いて――ぴたり、と収まった。


「……Sでちょうどだな」


ディアは鏡でも見るみたいに指先で確かめて、淡々と頷く。


「ええ。私はこれで問題ないわ」


コユキが、どこか満足げに言った。


「はい、ディアのサイズ確認。次、秀人」


次に、僕。


Mは……少し、窮屈。

Lだと、少し余裕がある。

2Lはさすがに遊びが大きい。


「僕はL寄りか……」


「秀人はLだね。人間男性の標準」


「……急に統計で殴ってくるな」


コユキがさらに追撃する。


「管理職の首は硬い。頷きすぎるから」


「褒めてないよな、それ」


ディアは肩をすくめ、鍵を指先でひらりと揺らした。

金属が小さく鳴る。やけに“現実的”な音だ。


「鍵があるのは正しいわ。問題は――“中身”ね」


「……だよな」


そう。ここからが本題だ。


今日は、レグリスが戻ってくる日。


午後。

94階へ移動する。


城の空気は落ち着いていて、余計な雑音がない。

“整う”には、ちょうどいい。


「じゃあ、軽く体を動か――」


言いかけたところで、ディアがふと耳を澄ませた。


「……92階。レグリスの魔力炉、チャージが溜まったって。今、連絡が入ったわ」


「今?」


昼の宅配に続いて、今度はこれか。


(今日は妙に、段取りが勝手に揃う日だな……)


移動して、ディアが転送陣を作る。

淡く光り、空気が一瞬だけ“入れ替わる”。


現れたのは――人型サイズのレグリスだった。


三メートルの騎士型じゃない。

金属の装甲はそのままに、関節の動きは滑らかで、妙に“出来上がってる”。


「……え、小さくなってる!?」


思わず声が裏返った。

レグリスは淡々と答える。


「サイズ調整。生活圏適応を優先」


コユキが尻尾を揺らして、納得した顔で言う。


「これなら、人間の生活圏でも動けるね。もし外に出られるようになったら」


「外に出る前提で話すな」


言いながら、脳内で映像が勝手に再生される。


コンビニ前に金属の人。

――通報案件だ。


僕は、レグリスに向き直った。


「首輪に、ディアの“発動を散らす”スキルを乗せられる?付与できる?」


レグリスは一拍だけ静止してから、頷いた。


「可能。媒体強度、十分。起動条件設計、要調整」


次の瞬間。

レグリスの装甲の継ぎ目が静かにほどけ、内側から細いツールアームが伸びた。

ディアがそれを受け取る。


レグリスが首輪を持ち上げ、指先が“工具”みたいに形を変える。

削る、刻む、埋める――音が小さく、作業が早い。


ディアが静かに言う。


「条件は単純でいい。相手が“スキルを立ち上げようとした瞬間”だけ。スキル発動に必要な魔力を散らす」


「了解。起動トリガー――対象魔力。優先割り込み――散逸術式」


レグリスが淡々と組み上げていく。


数分。

レグリスが首輪を差し出した。


「完成。対象がスキル発動を試みた瞬間、首輪が先行起動。術式を散逸させる。発動は“不発”扱いとなる」


「……できた?」


ディアが受け取り、指先で軽く確かめる。


「ええ。埋め込まれたスキルで魔力を散らせる。これなら――“スキルが発動できない”」


僕は、思わず笑ってしまった。


「間に合った……そして、成功したな」


コユキが僕の顔を見て、尻尾を揺らす。


「顔、ゆるい」


「今はゆるめさせてくれ」


レグリスが、さらに一言だけ付け加える。


「鍵機構、改良。ピッキング耐性、向上。おまけ」


「……“おまけ”って言葉が軽すぎるだろ」


でも、ありがたい。

全部、ありがたい。


「……ところで、秀人。今日は17時に出発だったよね?」


コユキがさらっと確認した。


「ああ。新大阪で新幹線、18時半くらい」


「了解。じゃあ、17時までレグリスといる」


「え?」


僕が聞き返す前に、コユキは既に“教材”を広げ始めていた。

例のデータ整理を、レグリスに渡す。


「はい、授業。まず“人間の会話”から」


「受講、開始」


レグリスが即答する。


横でスーラが、ぷるん、と弾んだ。

聞く気満々だ。

分かってるのかは怪しいけど。


僕は苦笑して、ディアに目を向けた。


「訓練は、今日はいいか」


「珍しいわね」


「今日は……間に合った記念日ってことで」


「言い方が雑ね。でも、悪くないわ」


ディアが少しだけ口元を緩める。


出発まで、僕とディアは城の奥へ引っ込んだ。


その方が、明日が戦える。


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