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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第六章:仮面の告発者

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080話『黒猫の起動符』

休憩の続きを広場の縁で腰を据え直しながら、僕は本題を切り出す。


「昨日決めた件、まずは“仮面”を作りたい。……顔を隠すやつ。それと、できれば音声も変えたい」


ディアが目を細めて、すぐに頷く。


「ええ。いいわ。身元は守るべきものよ」


コユキが尻尾を揺らして、楽しそうに口を挟む。


「じゃあ、要件整理しよう。持ち運びやすさ、装着の速さ、違和感のなさ。あと、精神干渉対策も必須だね」


「……頼もしいな」


「当然。みんなで案を出そ」


レグリスが、静かに一歩前へ出た。


「提案。所持スキル、術式装填ギアコード・エンベッドを使用すれば、装備品に特殊効果を付与可能」


僕は眉を上げる。


「術式を……装備に埋め込めるってこと?」


「肯定。精神防壁、認識阻害、音声変調等のロジックも装填可能」


――完璧じゃないか。

そう思った瞬間、僕の中の“いつもの現実チェック”が働く。


「……実はさ。仮面なら、黒想鋳具アーマメント・フォージで作れば早いと思ってた。でも、その“スキルで作った物”に、術式装填ギアコード・エンベッドって載せられる?載せられるなら一番楽なんだけど」


レグリスは一拍も置かずに答えた。


「否。黒想鋳具アーマメント・フォージ生成物は恒久媒体ではない。術式の固定が不安定。装填は推奨不可」


「やっぱり無理か……」


分かってた。でも、ちょっとだけ期待してた。

ディアが小さく頷く。


「当然ね。スキル生成物は“存在のそのもの”が薄いの。形は保っても、術式が居座る土台がない。仮に焼き付けられても、時間と一緒に剥がれる」


コユキが尻尾を揺らした。


「じゃあ答えは簡単。ベースが必要。常に存在して、術式を“保持できる媒体”」


レグリスが即答する。


「推奨解。術式固定用の媒体(コア)を用意し、それを核として魔力武装を展開する方式」


僕は、その瞬間に映像が浮かんだ。


「……それって、変身ベルトとか変身ステッキみたいなことか?」


コユキが、妙に嬉しそうに鼻を鳴らす。


「そういう発想になるの、秀人らしい」


「持ち運びが楽で、必要な時だけ展開できる。最高じゃないか」


ディアが笑った。


「子どもみたいに目を輝かせるのね」


子どもじゃない。

合理的だ、たぶん。


ディアが腕を組み、さらりと言った。


「媒体が必要なら、宝物庫から素材になりそうなものを持ってくるわ。魔力伝導の良い金属もいくつか——」


「待って。……それ、ゲートの外に持ち出したら崩れるやつだろ」


僕が止めると、ディアが小さく瞬きをする。


「そうね……うっかりしてたわ」


「忘れたら痛い目を見る」


コユキが尻尾を揺らす。


「じゃあ“現実側”の素材で作るしかないね。持ち運ぶ前提だし」


僕はそこで一拍、考えた。

媒体は、毎日持ち歩く前提だ。

軽くて丈夫で、錆びにくくて、加工もしやすい。できれば“それっぽくない”方がいい。


ステンレスは手に入りやすいけど、少し重い。

シルバーやゴールドは魔力的には映えそうだけど、財布に入れて歩くにはリスクが高すぎる。……そもそも高いし管理が面倒。


プラスチックは軽いが、術式の土台としては心許ない。

熱や傷で歪めば、固定したロジックがズレる危険性がある。


(結局、“現実の道具として信用できる素材”が一番だ)


「……一回、家に戻ろう。アウトドア用のチタンのスプーンがある。軽くて錆びにくいし、丈夫。媒体にするなら、たぶん一番バランスがいい」


「スプーン……?」


ディアが目を細める。


「レグリスにクレジットカードくらいのサイズに加工してもらう。そこに術式を焼き付ければ、持ち運びも楽だろ」


ディアが小さく笑う。


「なるほど。素材は地味なのに、発想は派手ね」


サブゲートでいったん自宅へ戻り、引き出しからチタンのスプーンを取ってくる。

軽くて、薄くて、変に頑丈。こういう“道具としての信用”がある。


94階へ戻ると、レグリスがスプーンを受け取った。

「素材確認。チタン合金。加工可能」


指先から細い光が走り、金属がまるで粘土みたいに形を変える。

微かな焦げの匂いが、遅れて鼻を刺した。

柄の部分が切り出され、圧延され、クレジットカードサイズの薄板に整えられていく。

角が丸く落とされ、表面は均一に研磨されて、手触りだけが妙に上等だ。


「……スプーンだったとは思えないな」


「原素材の用途は無関係。重要なのは媒体としての安定性」


「だよな。頼もしい」


次に問題は、仮面のデザインだ。

僕はスマホのAIイラストアプリを開いて――このアプリは端末内で完結するタイプで、ゲートの中でも動く。コユキをモデルに“黒猫の仮面”のイラストを作っていく。

目元は細く鋭く。額には祭りの面みたいな神秘模様。

耳の角度は控えめに。

コユキの“偉そうさ”は……いや、偉そうじゃない、偉い、らしいので、その雰囲気を少しだけ。


「……できた」


思ったより、しっくり来る。

僕は画面をレグリスに向けて差し出した。


「このイラストを、さっきのカードにそのまま転写してほしい。仮面の“設計図”にしたいんだ。毎回、同じ形で出せるように」


レグリスがカードを受け取り、指先から極細の光のラインを走らせる。

表面に、僕の作ったイラストが寸分違わぬ精度で刻まれていく。

彫るというより、焼き付ける。光の温度が肌に刺さり、空気に金属の匂いが混ざった。


「これがイメージ・アンカーになる」


僕は思わず息を吐いた。

“毎回同じ形”が出せるのは、現場での再現性として強い。

仕事も戦闘も、迷いを減らした分だけ、速くなる。


裏面に回して、レグリスが術式装填ギアコード・エンベッドを発動する。

幾何学回路がびっしりと刻まれ、複雑な光の線が重なっては消え、定着していく。


「音声変調ロジックを装填。さらに精神跳躍演算サイキック・ジャンプロジックを、視覚補助として簡易実装」


僕が眉を上げると、レグリスが補足した。


「前回、秀人殿の端末から学習した“AIグラス”の概念を参照。視界に干渉しない程度の薄いオーバーレイ表示を採用」


「……いいね。視界を邪魔しないライン。コユキ先生の指導、ちゃんと反映されてる」


コユキが尻尾をふわりと揺らし、誇らしげに胸を張る――つもりらしい顔をした。


「当然」


ディアが頷く。


「レグリスがもつスキル、接続拡張リンク・インターフェースで、私の防御系の要素も少し混ぜられるわ。精神防壁や……時任とは別人物として認識させる“ズレ”を作りましょう」


完成したカードを、僕は指で持つ。

黒猫の起動符――マスク・カード。


顔の前にかざし、黒想鋳具アーマメント・フォージを重ねる。

黒い魔力が、呼吸と同期するみたいに滲んだ。


「——展開セット


カードを核にして、漆黒の魔力が一瞬で顔を覆い、硬質な仮面へ物質化する。


目の奥に、薄い表示が浮かんだ。

輪郭、距離、相手の呼吸。

解析というより、“気配の翻訳”みたいな補助。


【LV】

【状態】

【所持スキル】


必要なものだけが、視界の隅で静かに言語化される。


試しにコユキへ視線を向けると、情報が綺麗に揃う。

次にスーラ――ぷるんと震える気配に合わせて、状態欄が微細に変化する。


そして、ディア。


……表示が一瞬で乱れた。

文字が重なり、途切れ、意味を成さない記号に変わる。


【ERROR】

【ACCESS DENIED】

【REDACTED】


「……読めない」


読めない方が安心するのに、少しだけ背筋が寒い。

ディアが、涼しい顔で微笑む。


「当然でしょう。私を“一覧”に収めようとするのが、そもそも無理なのよ」


「だよな……。いや、そうなるよな」


コユキが尻尾をひとつ揺らして、仮面を一瞥した。


「……悔しいけど、出来はいい。ギミックも無駄がない」


「欲しいのか」


「違う。“いい”って言っただけ」


ディアは楽しそうに口元を緩める。


「素直じゃないのね。でも――ミステリアスで素敵よ。持ち歩けるのも賢いわ」


レグリスが淡々と結論を出す。


「動作正常。精神防壁、認識阻害フィールド、音声変調、いずれも安定稼働中」


コユキが、最後に小さく付け足すみたいに言った。


「……うん。ボクと並んでも違和感ない。悪くない」


僕は仮面越しに息を吐く。

声が少し低く、別人の響きになって返ってきた。


「……これなら、いける」


“準備が整う”というのは、ただ道具が揃うことじゃない。

迷いが一つ減ることでもある。


夜。94階から自宅へ戻る。

レグリスはまた、魔力炉のチャージが満ちるまでの3日間、94階に滞在してコユキと“学習”を続けることになった。

3メートルなら城内でも動ける。前回の“壁”より、ずっと現実的だ。


風呂上がり、スマホを見ると柊さんからメッセージが届いていた。


【4月25日(火):大阪府和泉市・陸上自衛隊 信太山駐屯地

「ゲート対処特務班」自衛隊混合の集合訓練(名目)

4月29日(土):東京都渋谷区・政府関連施設

「有力帰還者」意見交換会・日当あり(名目)】


名目、という言葉がすべてを語っている。

僕は短く返信した。


【承知しました。両日程、調整のうえ参加します。詳細のご連絡をお待ちしております】


テーブルの上には、完成したばかりの黒猫の起動符。

カード一枚。

なのに、指先でつまむだけで妙に心が浮く。


……不謹慎だとは分かってる。

来週は“点検”の皮を被った化かし合いだ。

面倒もあるだろう。


それでも――新しいおもちゃを手に入れた時の、あの感じがある。

子どもみたいに試したくて、仕組みを確かめたくて、つい笑いそうになる。


「……いいものが、できたな」


そう思えた瞬間、胸の奥の硬さが少しだけほどけた。

握れる“手応え”があるだけで、人は案外前に進めるし楽しめる。


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