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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第六章:仮面の告発者

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079話『土曜の94階と、騎士レグリス』

土曜の朝。

平日の“起きた瞬間から予定に追われる感じ”がなくて、呼吸が少しだけ軽い。


リビングでは、ミニチュアのディアがテレビの料理番組に釘付けになっていた。

テーブルの縁に腰掛けて、手帳サイズのメモにびっしり書き込んでいる。

字が綺麗すぎて、たぶん僕より読みやすい。


――ふと、変なところで引っかかった。

いつからディア、日本語を書けるようになったんだ?

しかもこの筆圧と、この整い方。


「……ディア、いつの間に日本語の読み書きまで?」


彼女は顔を上げて、何でもないことみたいに微笑む。


「学ぶ必要があるなら、すぐに学ぶわ」


(……そうだよな)


ディアなら、そういうことをさらっとやる。


「……“煮込みは冷ましてから再加熱すると味が馴染む”……なるほど」


隣では、スーラがパン屑を一粒ずつ器用に「掃除」していた。

掃除というより捕食だけど、結果は同じだ。

テーブルはやけに清潔になる。


窓際の陽だまりでは、コユキが三本の尻尾をゆるく揺らして日向ぼっこをしている。

耳だけこちらに向いているのが分かる。

起きてる。

完全に起きてる。


「……平和だな」


口に出した瞬間、ミニディアが顔を上げた。


「秀人。平和は“放っておくもの”じゃなくて、“維持するもの”よ。……忘れがちだけど」


そう言って、彼女は満足そうに紅茶の香りを吸い込んだ。


朝から刺してくる。

刺してくるけど、どこか機嫌がいい。

料理番組のおかげだろう。


僕はコーヒーを一口飲んで、ふっと息を吐いた。

昨日の政府施設の空気が、まだ胸の奥に薄く残っている。


――“大丈夫”って言える状況じゃなかった。

でも、準備を積めば状況は動く。

社会にいると、結局そこに戻ってくる。


「……今日は、ガッツリ訓練したい」


僕が言うと、コユキが片目だけ開けた。


「急にやる気。どうしたの、エリート会社員」


「褒めてないだろ」


「褒めてない」


ディアが小さく頷く。


「いいじゃない。動ける時に動くのは、美徳よ。行きましょう、94階」


スーラが、ぷるんと一回跳ねた。賛成らしい。


朝食の片付けを終え支度した後、全員で94階層へ移動する。

サブゲートをくぐった瞬間、空気の温度が変わる。

城の庭は、風が綺麗で、匂いが澄んでいた。


――あれ。


「……また、出る場所変わった?」


前に出たのは中庭の石畳だったはずなのに、今日は庭の奥寄りだ。

風の抜け方も、陽の当たり方も違う。


ディアが、ふわりと視界に降りてきて、得意げに胸を張る。


「ええ。ここ、いい場所でしょう?景色も風も落ち着くから、出口を移してみたの」


コユキが日向を探すみたいに一歩ずれて、尻尾を揺らした。


「便利だね。……人間の通勤にも欲しい機能」


「じゃ、いつもの反復から」


僕は黒想鋳具アーマメント・フォージを展開する。

掌の上に、漆黒の素材が“思考の形”として湧き、硬質な輪郭を得ていく。


同時に、スーラが僕の前腕にまとわりついた。

ひんやりして、少しだけ重い。

けれど、その重さが「支え」になる。


「アーム化、安定してきたな」


スーラが誇らしげにぷるんと震えた。

僕はそのまま、刃の角度と重心の位置を微調整しながら、ディアが用意した訓練用のモンスターへ踏み込む。


獣じみた影が、庭の芝を蹴って突っ込んでくる。

爪の軌道、肩の沈み、踏み込みの癖——全部が“次の一手”を喋っていた。


一撃。

二撃。

三撃。


刃が肉に見えるものを裂く感触が手首に返り、同時に相手の体勢が崩れる。

けれど、重心がズレた分だけ次の一歩が遅れる。


「……今の、ちょっと浅い」


コユキの声が、日陰から落ちてくる。


(いまの浅さは、仕様じゃなく僕の判断ミスだ。次は直す)


次の瞬間、コユキが捕縛結界(バインド・ケージ)を短く展開した。

見えない檻みたいな空間固定のフィールドが足元に絡みつき、訓練用モンスターの動きが一拍だけ鈍る。


「分かってる」


「分かってるなら直して。——ほら、今。踏み込み、もう半歩」


援護に合わせて、僕は重心を前に預け直す。

刃の角度をほんの数度だけ寝かせて、斬るんじゃなく“流す”ように入れる。


ディアは庭の縁で紅茶を飲みながら、時々だけ視線を投げてくる。

見ている。

見ているが、口は挟まない。


昼前には汗が背中に張り付いて、指先が少しだけ痺れてきた。

休憩に入って、石段に腰を下ろしたところで――ディアがさらりと言った。


「レグリスから連絡があったわ。魔力炉の再チャージが完了したから、こちらに来るそうよ」


僕は水を飲みながら顔を上げる。


「……来るのか」


前回のあの“20メートル級”が頭に浮かんで、反射的に眉が上がった。

敵じゃないし、契約も結んでいる。

分かってる。

それでも、あのサイズで来られると「常識の方」が先に揺れる。


ディアが肩をすくめる。


「驚かなくていい、とは言わないわ。でも――害はないわよ。あれは味方だもの」


「そこは信じてる。問題は“サイズ感”ってだけで」


コユキが尻尾を一度だけ揺らした。


「まあ、驚くのは分かる。でも、あなたの顔、ちょっと楽しみにも見える」


「見えない」


「見える」


城の広場。

地面に幾何学模様の光が走り、巨大な転送陣が展開される。

空気が薄く震え、視界の端が一瞬だけ歪む。


光が収束して――現れたのは。


全高、3メートルほど。

以前の“壁”みたいな圧迫感はない。

無駄を削ぎ落とした、スマートな人型機動兵器。

神々しさはそのままに、騎士みたいなフォルムへ最適化されている。


「……えっ。誰?」


思わず口をついて出た。

転送陣から出てきたのは、僕の記憶にある“20メートル級”じゃない。

別の機体――そう見える。


コユキが、得意げに尻尾を揺らす。


「……やっぱり。そう来ると思った。学習データに“人間との適切な距離感”と“屋内活動の利便性”を入れておいたから、最適化してくると思った」


「……つまり、同一個体で、フォームチェンジ?」


「そう。縮めた方が扱いやすいでしょ。あと秀人の趣味も入れておいた」


「何を入れたの、僕の趣味」


「黙秘」


絶対ろくでもない。


機体が静かに膝をつく。


「個体名ノヴァリア=レグリス、再構成完了。秀人殿、再会を歓迎する」


……声。

この言い回し、この間の取り方。

見た目が違っても、 “本人”だと分かる。


「マジか。縮んだっていうか……別物に見えるレベルだぞ」


ディアがミニチュアのまま、満足そうに頷いた。


「言語の滑らかさも上がったわね。……学習が進んでいる」


「記憶学習の結果を反映。継続学習を希望する」


レグリスはまるで、仕事の報告みたいに淡々と言った。


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