074話『派手さの影で、積み上げるもの』
週明け、午前11時すぎ。
僕は自宅リビングのデスクで在宅業務に集中――していた、はずだった。
……なのに、ふと手が止まる。
「……あれ?」
意識の奥で、“繋がり”がすっと消えた。
いつもなら微かに感じている、コユキとの技能共有結の感触が――ぴたりと。
「……コユキ?」
反射で視線が泳ぐ。
椅子の下、ソファの影、キッチン――白い影が、どこにもない。
その瞬間、頭の中でスイッチが入った。
「ああ、そうだ」
午前中に94階へ行くって言ってた。
レグリスに追加データを渡しに。
リンク範囲から外れれば、切れる。
理屈は理解してる。
……してるのに。
慣れって怖い。
繋がっているのが当たり前になると、切れた瞬間に、心が一拍だけ置いていかれる。
僕は小さく息を吐いて、デスクに戻る。
キーボードに指を置き直しながら、今さらみたいに思った。
「……単独でも行けるんだな。盲点だった」
今さら初めて知った。
いや、ずっと一緒に動いてたから、完全に“同伴”でないと駄目だと思い込んでた。
昼、リビング。
午前のタスクをひとまず片付けて、テーブルに目をやる。
ディアが用意してくれたランチ。
今日は焼きカレードリアだった。
湯気とスパイスの香りだけで、集中してた脳が勝手に“休憩モード”に切り替わる。
「……やばい。ちゃんと腹が鳴る」
「休憩の合図ね。冷めないうちに召し上がって」
ミニチュアのディアが、何でもない調子で言う。
そのタイミングで――
「ただいま。渡してきたよ」
二階の物置のほうで、ドアが開く音。
ぱたぱた、と軽い足音が階段を降りてきて、コユキがリビングに顔を出した。
戻った瞬間、胸の奥の“空白”がすっと埋まる。
「おつかれ。追加データ、渡せた?」
「うん。取り込み、始まってると思う」
「どんなのを?」
「あー……それなんだけどね」
コユキが、前足を揃えて一瞬だけ目をそらす。
嫌な予感がした。
「秀人のこと、もう少し理解してもらおうと思って……好きなアニメとゲームも、少し入れた」
「……待て」
スプーンが止まった。
「それ、必要?」
「必要。趣味は“人となり”が出る。教育係として当然」
「抜かりなくて困る……」
ディアがスープを口に運んで、くすりと笑う。
「理にはかなってるわ。嗜好から性格傾向を推定するのは、人間社会でもよくやるもの」
「ディアが言うと“ちゃんとしてる”みたいになるのがずるい」
「ちゃんとしてるからでしょう?」
コユキが尻尾をくるり。
……僕の趣味データ、今ごろ巨大ロボットに解析されてるのか。
いや、確かに“何が好きか”って、わりと本質なんだけど。
(でも、よりによって、あれも入れた?あのゲームも?)
僕はドリアを口に運びながら、心の中でだけ叫んだ。
せめて、チョイスを――もう少し大人寄りに!
食後、コユキがこちらを見上げる。
「で、午後はどうするの?」
「ん……」
スマホのカレンダーを一瞥して、頭の中で段取りを組み直す。
「レグリスは明後日までは94階に滞在。今はゲート攻略より、基礎を固める。訓練を優先しようと思う」
「じゃあボクは訓練は抜ける。レグリスのインプット、もう少し詰める」
――コユキ抜きでの練習時間も、ちゃんと作っておいたほうがいい。
いざって時に慌てないためにも、これはこれで悪くない。
「助かる。お願いできる?」
「任された」
使命感のある声で言って、尻尾がぴんと立つ。
……猫型の教育係、わりと頼もしすぎる。
「じゃあ僕は、スーラとの連携を詰める」
「(ぷにっ!)」
右腕の影がぷるぷる震えた。やる気が伝わってくる。
最近はもう“右腕”って比喩が比喩じゃない。
「今日は少し負荷かける。ついてきてな、スーラ」
「(ぷにい!)」
よし、気合いは十分。
午後。94階。訓練開始。
「じゃあ、用意するわね」
ディアが指先に紅い魔力を宿し、地面に円を描く。
空気がぴり、と張る。
赤黒い霧が立ち上り――形を持った。
獣型モンスター。
「今日は加減してあるわ。……でも気を抜かないで」
「ディアの“加減”は、世間一般の加減とズレてるんだよな……」
言いつつ、身体はもう戦闘の角度に入っている。
「スーラ、形状切り替え。ブレード寄り」
「(ぷにっ!)」
右腕が滑らかに変形して、刀身のように伸びる。
反応も軽い。握ってるというより、意思が先に走る感じ。
――開始。
僕は左に半歩、角度をずらす。
相手が踏み込んだ瞬間――右腕ごと、スーラを前へ“伸ばす”。
刀身みたいに細く伸びた黒い刃が、牽制のラインを描く。
別行動じゃない。右腕の延長だ。
だから狙いがブレない。
「……今」
スーラが鞭みたいにしなる。
ぶつけた場所から――音もなく、じゅっ、と溶けた。
切断面が“切れ目”にならない。
黒い粘性が流れ、裂けた組織ごと飲み込んでいく。
「……いい。噛み合ってきた」
スーラの反応が速い。
僕が迷う前に、右腕が先に“最短の形”を作ってくる。
二人三脚じゃない……共同運用だな。
右腕の中に、もう一人いるみたいな感覚だ。
(……こうなると、僕の黒想鋳具の出番が薄い)
右腕に“形を変える職人”が常駐してるみたいで、武器を新しく作る前に、もう最適解が出てくる。
便利なんだけど――ちょっとだけ、悔しい。
「ほんとに、お前……頼れるな」
「(ぷにっ)」
その少し離れた場所で、別の“戦場”が動いていた。
岩陰に座るコユキ。
タブレットを開いて、真面目な顔。
その前にいるのは――レグリス。
巨体を低く落として、黙々と学習モード。
「これが交通ルール。秀人はここで乗り換え。——次」
「理解:進行中。優先順位ルール、複数。マナー……例外多し」
……猫が巨大ロボットに社会科を教えてる。
状況だけ切り取ると、どう考えても現実感が迷子だ。
高さ20メートル級の“機械神”が、校庭に座る鉄塔みたいにどっしり構えて。
そのつま先近くに、コユキがちょこん。
サイズ比が合ってないのに、会話だけは異様に成立している。
「追加データ:コミュニケーションスタイル分類、完了」
「じゃあ次。食品カテゴリ。冷蔵庫の使い方からいこうか」
「了解。冷蔵庫=食品保冷のための保管設備……機能、近似」
「うん、その理解で合ってる」
コユキが淡々と進め、レグリスのコアアイが静かに明滅する。
僕が汗をかいている間に、あっちはあっちで知識の洪水だ。
……分業できるの、ありがたいな――ほんとに。
訓練後、風呂で汗を流してリビングに戻ると、夕食が並んでいた。
和風ハンバーグ、冷奴、味噌汁、ひじきの煮物。
「風呂上がりにこれ……沁みる」
「頑張った人には、きちんと栄養をとってもらうものよ」
「ありがたくいただきます」
食卓にはミニチュアのディア、ノートPCと並走しながら食べるコユキ。
スーラは椅子の下でぷるんと待機している。
僕が箸を進めていると、視界の端にリモコンが入った。
何となく電源を入れる。
バラエティの次に流れたニュースの字幕。
そこで、見慣れた名前が出た。
『名古屋ゲート14階を突破、“最強帰還者チーム”が話題に』
『山田玲央、率いるチームは7人に拡大』
「……相変わらず、派手だな」
画面の中でガッツポーズする山田。後ろにも人数が増えて、見栄えはいい。
ニュース的には“正解”だ。
僕は一口食べてから、淡々と続ける。
「ただ……チームのバランス、大丈夫かな?統率と安全設計が追いついてないと、一発で瓦解するぞ」
コユキが尻尾を揺らしながら、同じ画面を見た。
「うん。人数が増えると、強さより先に“事故の確率”が増える。分かりやすい火力だけで回してるなら、なおさら」
「だよな。成果が先に出ると、引き際と役割分担を決める前に進みたくなる。……で、だいたい痛い目を見る」
「ゲート内は危険がつきもの」
僕はリモコンを置いて、箸を戻す。
「まあ、余計なお世話だな。……こっちはこっちで、地味にやる。事故らないのが一番の成果だ」
コユキが小さく頷く。
「賛成。派手さは後からでも作れる。まずは、崩れない土台」
*
翌日、火曜日。
今日も朝から在宅勤務。
チャットと資料と承認フローに追われるあいだ、コユキは影で94階へデータを運び、僕は午後から訓練。
昨日と同じ流れなのに、動きは少しずつ良くなる。
「スーラ、右下。跳ねて誘導――!」
「(ぷにっ!)」
伸縮のタイミングが、昨日より早い。
たったそれだけで、連携の精度が体感で一段上がる。
そして――
【レベルアップ → Lv.55】
「……よし。数字が上がると、積み上げが実感できる」
一方その頃、レグリスは岩の上で電子機器を解体しつつ、コユキと知識をやり取りしていた。
「この“テレビ”は……受動映像投影装置、と分類可能」
「言ってることは合ってるけど、味気ないな……」
当たり前のものを、ゼロから理解していく過程。
それを横で見ていると、不思議と背筋が伸びる。
「質問」
「ん?」
「解析データより。アニメ“転生したら残業ゼロのダンジョン運営者でした”、ゲーム“エターナルリンクβ”。秀人の反応強度、高。趣味傾向として記録済」
「あー……うん。あの人、そういうの好き」
「質問補足。第13話“ヒロイン再覚醒”の場面。涙反応を確認。理由を照会」
「……はは。そこ?」
コユキが少しだけ笑って、首をかしげる。
「演出とBGMと、キャラの積み重ね。あれは……刺さるんだよ。ボクも少し、やられた」
「映像構成・音楽構成・台詞設計により情動が活性化……理解拡張中。補足感情ラベル:高共感+微恥じらい」
「その“恥じらい”ラベル、どこから出てきたの」
そんな会話の向こうで、僕は短く息を吸って、一閃。
スーラが同時に動く。
派手な成果はない。
でも、確実に積み上がってる。
――うん。これでいい。
……黒歴史フォルダ、無事でいてくれ。




