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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第六章:仮面の告発者

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074話『派手さの影で、積み上げるもの』

週明け、午前11時すぎ。

僕は自宅リビングのデスクで在宅業務に集中――していた、はずだった。


……なのに、ふと手が止まる。


「……あれ?」


意識の奥で、“繋がり”がすっと消えた。

いつもなら微かに感じている、コユキとの技能共有結(コードリンク)の感触が――ぴたりと。


「……コユキ?」


反射で視線が泳ぐ。

椅子の下、ソファの影、キッチン――白い影が、どこにもない。

その瞬間、頭の中でスイッチが入った。


「ああ、そうだ」


午前中に94階へ行くって言ってた。

レグリスに追加データを渡しに。


リンク範囲から外れれば、切れる。

理屈は理解してる。


……してるのに。


慣れって怖い。

繋がっているのが当たり前になると、切れた瞬間に、心が一拍だけ置いていかれる。


僕は小さく息を吐いて、デスクに戻る。

キーボードに指を置き直しながら、今さらみたいに思った。


「……単独でも行けるんだな。盲点だった」


今さら初めて知った。

いや、ずっと一緒に動いてたから、完全に“同伴”でないと駄目だと思い込んでた。


昼、リビング。


午前のタスクをひとまず片付けて、テーブルに目をやる。


ディアが用意してくれたランチ。

今日は焼きカレードリアだった。

湯気とスパイスの香りだけで、集中してた脳が勝手に“休憩モード”に切り替わる。


「……やばい。ちゃんと腹が鳴る」


「休憩の合図ね。冷めないうちに召し上がって」


ミニチュアのディアが、何でもない調子で言う。

そのタイミングで――


「ただいま。渡してきたよ」


二階の物置のほうで、ドアが開く音。

ぱたぱた、と軽い足音が階段を降りてきて、コユキがリビングに顔を出した。


戻った瞬間、胸の奥の“空白”がすっと埋まる。


「おつかれ。追加データ、渡せた?」


「うん。取り込み、始まってると思う」


「どんなのを?」


「あー……それなんだけどね」


コユキが、前足を揃えて一瞬だけ目をそらす。

嫌な予感がした。


「秀人のこと、もう少し理解してもらおうと思って……好きなアニメとゲームも、少し入れた」


「……待て」


スプーンが止まった。


「それ、必要?」


「必要。趣味は“人となり”が出る。教育係として当然」


「抜かりなくて困る……」


ディアがスープを口に運んで、くすりと笑う。


「理にはかなってるわ。嗜好から性格傾向を推定するのは、人間社会でもよくやるもの」


「ディアが言うと“ちゃんとしてる”みたいになるのがずるい」


「ちゃんとしてるからでしょう?」


コユキが尻尾をくるり。


……僕の趣味データ、今ごろ巨大ロボットに解析されてるのか。

いや、確かに“何が好きか”って、わりと本質なんだけど。


(でも、よりによって、あれも入れた?あのゲームも?)


僕はドリアを口に運びながら、心の中でだけ叫んだ。

せめて、チョイスを――もう少し大人寄りに!


食後、コユキがこちらを見上げる。


「で、午後はどうするの?」


「ん……」


スマホのカレンダーを一瞥して、頭の中で段取りを組み直す。


「レグリスは明後日までは94階に滞在。今はゲート攻略より、基礎を固める。訓練を優先しようと思う」


「じゃあボクは訓練は抜ける。レグリスのインプット、もう少し詰める」


――コユキ抜きでの練習時間も、ちゃんと作っておいたほうがいい。

いざって時に慌てないためにも、これはこれで悪くない。


「助かる。お願いできる?」


「任された」


使命感のある声で言って、尻尾がぴんと立つ。

……猫型の教育係、わりと頼もしすぎる。


「じゃあ僕は、スーラとの連携を詰める」


「(ぷにっ!)」


右腕の影がぷるぷる震えた。やる気が伝わってくる。

最近はもう“右腕”って比喩が比喩じゃない。


「今日は少し負荷かける。ついてきてな、スーラ」


「(ぷにい!)」


よし、気合いは十分。


午後。94階。訓練開始。


「じゃあ、用意するわね」


ディアが指先に紅い魔力を宿し、地面に円を描く。

空気がぴり、と張る。

赤黒い霧が立ち上り――形を持った。


獣型モンスター。


「今日は加減してあるわ。……でも気を抜かないで」


「ディアの“加減”は、世間一般の加減とズレてるんだよな……」


言いつつ、身体はもう戦闘の角度に入っている。


「スーラ、形状切り替え。ブレード寄り」


「(ぷにっ!)」


右腕が滑らかに変形して、刀身のように伸びる。

反応も軽い。握ってるというより、意思が先に走る感じ。


――開始。


僕は左に半歩、角度をずらす。

相手が踏み込んだ瞬間――右腕ごと、スーラを前へ“伸ばす”。


刀身みたいに細く伸びた黒い刃が、牽制のラインを描く。

別行動じゃない。右腕の延長だ。

だから狙いがブレない。


「……今」


スーラが鞭みたいにしなる。


ぶつけた場所から――音もなく、じゅっ、と溶けた。

切断面が“切れ目”にならない。

黒い粘性が流れ、裂けた組織ごと飲み込んでいく。


「……いい。噛み合ってきた」


スーラの反応が速い。

僕が迷う前に、右腕が先に“最短の形”を作ってくる。


二人三脚じゃない……共同運用だな。

右腕の中に、もう一人いるみたいな感覚だ。


(……こうなると、僕の黒想鋳具アーマメント・フォージの出番が薄い)


右腕に“形を変える職人”が常駐してるみたいで、武器を新しく作る前に、もう最適解が出てくる。

便利なんだけど――ちょっとだけ、悔しい。


「ほんとに、お前……頼れるな」


「(ぷにっ)」


その少し離れた場所で、別の“戦場”が動いていた。


岩陰に座るコユキ。

タブレットを開いて、真面目な顔。

その前にいるのは――レグリス。

巨体を低く落として、黙々と学習モード。


「これが交通ルール。秀人はここで乗り換え。——次」


「理解:進行中。優先順位ルール、複数。マナー……例外多し」


……猫が巨大ロボットに社会科を教えてる。

状況だけ切り取ると、どう考えても現実感が迷子だ。


高さ20メートル級の“機械神”が、校庭に座る鉄塔みたいにどっしり構えて。

そのつま先近くに、コユキがちょこん。


サイズ比が合ってないのに、会話だけは異様に成立している。


「追加データ:コミュニケーションスタイル分類、完了」


「じゃあ次。食品カテゴリ。冷蔵庫の使い方からいこうか」


「了解。冷蔵庫=食品保冷のための保管設備……機能、近似」


「うん、その理解で合ってる」


コユキが淡々と進め、レグリスのコアアイが静かに明滅する。

僕が汗をかいている間に、あっちはあっちで知識の洪水だ。


……分業できるの、ありがたいな――ほんとに。


訓練後、風呂で汗を流してリビングに戻ると、夕食が並んでいた。

和風ハンバーグ、冷奴、味噌汁、ひじきの煮物。


「風呂上がりにこれ……沁みる」


「頑張った人には、きちんと栄養をとってもらうものよ」


「ありがたくいただきます」


食卓にはミニチュアのディア、ノートPCと並走しながら食べるコユキ。

スーラは椅子の下でぷるんと待機している。


僕が箸を進めていると、視界の端にリモコンが入った。

何となく電源を入れる。


バラエティの次に流れたニュースの字幕。

そこで、見慣れた名前が出た。


『名古屋ゲート14階を突破、“最強帰還者チーム”が話題に』

『山田玲央、率いるチームは7人に拡大』


「……相変わらず、派手だな」


画面の中でガッツポーズする山田。後ろにも人数が増えて、見栄えはいい。

ニュース的には“正解”だ。


僕は一口食べてから、淡々と続ける。


「ただ……チームのバランス、大丈夫かな?統率と安全設計が追いついてないと、一発で瓦解するぞ」


コユキが尻尾を揺らしながら、同じ画面を見た。


「うん。人数が増えると、強さより先に“事故の確率”が増える。分かりやすい火力だけで回してるなら、なおさら」


「だよな。成果が先に出ると、引き際と役割分担を決める前に進みたくなる。……で、だいたい痛い目を見る」


「ゲート内は危険がつきもの」


僕はリモコンを置いて、箸を戻す。


「まあ、余計なお世話だな。……こっちはこっちで、地味にやる。事故らないのが一番の成果だ」


コユキが小さく頷く。


「賛成。派手さは後からでも作れる。まずは、崩れない土台」



翌日、火曜日。


今日も朝から在宅勤務。

チャットと資料と承認フローに追われるあいだ、コユキは影で94階へデータを運び、僕は午後から訓練。


昨日と同じ流れなのに、動きは少しずつ良くなる。


「スーラ、右下。跳ねて誘導――!」


「(ぷにっ!)」


伸縮のタイミングが、昨日より早い。

たったそれだけで、連携の精度が体感で一段上がる。


そして――


【レベルアップ → Lv.55】


「……よし。数字が上がると、積み上げが実感できる」


一方その頃、レグリスは岩の上で電子機器を解体しつつ、コユキと知識をやり取りしていた。


「この“テレビ”は……受動映像投影装置、と分類可能」


「言ってることは合ってるけど、味気ないな……」


当たり前のものを、ゼロから理解していく過程。

それを横で見ていると、不思議と背筋が伸びる。


「質問」


「ん?」


「解析データより。アニメ“転生したら残業ゼロのダンジョン運営者でした”、ゲーム“エターナルリンクβ”。秀人の反応強度、高。趣味傾向として記録済」


「あー……うん。あの人、そういうの好き」


「質問補足。第13話“ヒロイン再覚醒”の場面。涙反応を確認。理由を照会」


「……はは。そこ?」


コユキが少しだけ笑って、首をかしげる。


「演出とBGMと、キャラの積み重ね。あれは……刺さるんだよ。ボクも少し、やられた」


「映像構成・音楽構成・台詞設計により情動が活性化……理解拡張中。補足感情ラベル:高共感+微恥じらい」


「その“恥じらい”ラベル、どこから出てきたの」


そんな会話の向こうで、僕は短く息を吸って、一閃。

スーラが同時に動く。


派手な成果はない。

でも、確実に積み上がってる。


――うん。これでいい。

……黒歴史フォルダ、無事でいてくれ。


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