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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第六章:仮面の告発者

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073話『情報の扉』

ゲートの歪みを抜けると、94階層の空気がすっと引いて――物置部屋、そして、いつものリビングに戻った。


「……ふぅ。帰ってきた」


ソファ、天井、照明。

コーヒーと木材の匂い。

足裏に伝わる床の感触。

全部が“日常”で、肩がほどける。


「……やっぱり、ここが落ち着く」


足元でコユキが伸びをして、尻尾をゆらす。


テーブルの端に、ミニチュアのディアがふわりと降りた。

小さなエプロンを腰に結んで、さらっと言う。


「昼にするわね。温かいのがいいでしょう?」


「……戻ってきた瞬間に“お昼”が出てくるの、段取りが良すぎる……さすがだな」


「材料は昨夜のうちに用意しておいたの。仕上げるだけよ」


その後ろを、スーラがぷるん、と付いていく。


「(ぷにっ)」


「……厨房チームが動き出した」


――15分後。


テーブルの上に並んだのは、チキンソテーと温野菜、パン、スープ。

彩りまで整っていて、カフェのランチみたいな顔をしている。


「……うわ。これは完全に食欲スイッチ入った」


「いただきまーす」


しばし、もぐもぐタイム。


温かいものが体に入るだけで、心まで戻ってくる。

最近、この“当たり前”がやけにありがたい。


一息ついたところで、ふと口から漏れた。


「……そういえばさ。レグリスって想像してたサイズじゃなかったよね……機械の神様っていうか。例えが雑だけど」


ディアがスープを飲み、楽しそうに目を細める。


「ふふ。拍子抜けした?」


「いや、拍子抜けというか……想定の範囲外」


「最初に92階を通った時は、影を走らせて様子見しただけだったの。だから気配しか追えてなかった」


「……そりゃ、想像も外すわけだ」


「ええ。で、改めて奥を覗いたら――一番奥にいたのが、レグリス」


「見た目も圧も、強者のやつだった」


コユキがパンをちぎりながら、言う。


「うん。魔力密度も構造も、あれは“異常”」


ディアは肩をすくめる。


「でも、私よりはずっと弱いわ」


「さらっと言うよな……」


「事実だもの」


コユキが横で苦笑している。


「それとね。90階から先は、世界が違うわ。89階までと違って、一気に難度が跳ね上がる感じがあるわ」


「……今後、あれが“普通”みたいな顔して出てくるわけか」


僕がつぶやくと、否定は返ってこなかった。

黙っているのが、答えだ。



(……人類は、本当に“大型ゲートのコア”まで辿り着けるんだろうか)


いま僕らが懸念しているのは、小型ゲートのスタンピードで低い層だ。

それでも十分すぎるほど、命の重みを突きつけてくる。


じゃあ、大型の最奥は?

“普通”があの規模で、さらにその上が続くとしたら――

そこで考えるのをやめた。


食べ終えると、ディアとスーラが片付けに動くのを横目に、僕はクローゼットの奥から古い布バッグを引っ張り出した。


「……懐かしい。まだ動くかな、これ」


年季の入ったノートPC。

バッテリーは死んでるけど、ACなら生きるタイプだ。


「拭いておくわね」


ディアが指先を軽く振ると、ふわりと優しい風が舞って、表面の埃が一気に浮く。

浮いた埃は、そのままスーラへ。


「(ぷにっ)」


吸い込まれて、消えた。


「……風で舞わせて、スーラが回収。連携が滑らかすぎて逆に笑う」


「綺麗になったでしょ?」


「綺麗だけど、シュールなんだよね」


電源を入れて、ネットに繋ぐ。

僕はひたすら“詰め込み作業”に入った。


・国語、英語、日本語の各種辞書データ

・ゲート総合プラットフォームの公開記事アーカイブ

・帰還者関連の制度解説書

・人間の歴史年表と社会構造概論

・教養系動画チャンネルの解説シリーズ

・科学入門、電気基礎、PCの仕組み解説PDF


「……支給金、ここで使うか」


報酬の一部を電子書籍や教材に回し、落として、保存して、整理して。

ゲートの中はネットが使えない。

だから、インストールやダウンロードして持ち込めるものを増やすしかない。


「ネットに接続できないという制約は変えられない。なら、運用で勝つ」


それが、今の僕の“仕事”だ。


三時間ほどで容量はギリギリ。

PCバッグにパソコンを戻し、僕らはもう一度、94階層へ向かった。


静かな広場の中心に、レグリスが待っていた。

微動だにせず、でも――待機している“意思”だけは伝わる。


「持ってきた。人間社会の“入門セット”だ」


ノートPCを差し出すと、レグリスの装甲が滑るように開いた。

内部から、機械のケーブルがゆっくり伸びてくる。


「確認開始。外部機器――接続を要請」


「どうぞ。……壊さないでね?」


「否。構造保持は担保する。解析のため、部分分解の許可を求む」


「“分解”って言葉が怖いんだよな……まぁ、任せる」


ケーブルが端子に触れ、淡い光が走る。


「情報解析――開始」


……相変わらず、言い回しがSF。


レグリスが没頭したのを見届けて、僕らは邪魔しないように、少し距離を取る。


「時間、少しあるわよね」


ディアが指先を鳴らすと、赤黒い霧が立ち上り、獣型の訓練個体が姿を現す。


「今日の分。いつも通りほどよく手応えがあるように調整してあるわ」


「その“ほどよく”が一番信用できない」


とはいえ、機会は貴重だ。身体を動かす。


「行くぞ」


「右前脚、落とす!」


「了解!」


「(ぷにっ!)」


スーラが伸びて絡め取り、コユキが影から滑り込んで刃を入れる。

僕は正面から詰め、短剣を一閃。


汗が出る。

息が上がる。

でも、感覚は戻ってくる。

積み上げが“体”でわかる。


そして――


【レベルアップ! Lv.54】


「……よし。久しぶりに、ちゃんと伸びた」


「ふふ。お疲れさま」


「初動、ちょっと速くなってた。いい感じ」


「(ぷに)」


スーラが嬉しそうにぷるぷる震える。

相変わらず元気だ。


訓練のあと、レグリスのもとへ戻る。


「解析、進捗:良好」


「早いな……」


「データ構造、理解。機器仕様、把握。回路設計思想――確認」


「最後、さらっと言うね……」


「追加要望:異なる機器群の解析。知識の多様化を希望」


――まぁ、そうなる。


「じゃあ明日、外付けSSDも持ってくる。あと教材も追加で落とす。予算だけ決めて」


「了解。明日は在宅で動けないんで、午前は任せた」


「任せて。……未来演算が本物なら、株と為替も入れとく?ズルいくらい増やせるかも」


「やめなさい。目が金になってる」


「冗談だって。たぶん」


ディアがくすっと笑う。


「現代の誘惑って怖いわね」


僕はテーブルの端で頬杖をついて、レグリスの装甲越しに伸びるケーブルでデータだけじゃなくて、“構造”も理解しているところを見た。


「……よし。一回戻ろう」


いったん帰宅して、押し入れを漁る。

“捨ててないけど使ってない”系の箱を片っ端から開けて、影に詰めた。


古いスマホ。小型テレビ。スピーカー。

持ち運び用の小型冷蔵庫。VRゴーグル。MRメガネ。


そして、また94階へ。


「レグリス。追加の教材と、解析素材」


「受領。解析枠――確保済」


装甲が展開し、家電が吸い込まれていく。


「……なんか、ロボに納品してる気分になるな」


「(ぷに)」


そのまま帰って、僕はシャワーへ直行。

汗を流して、ようやく完全に“オフ”に戻る。


夕食は、湯気の立つごはんと味噌汁、肉じゃが、焼き魚。

コユキは味噌汁の湯気に鼻先を近づけて、だしの匂いだけで満足げ。


「……うまい。参った」


「戦闘と料理、どっちが得意?」


「ふふ。いまは、どっちも“それなりに”よ」


「“それなり”の基準が高すぎるんだよ」


食後は、録画していたアニメを流す。

ミニチュアのディアがちょこんと座って、画面を真剣に見ている。


「この子、感情の振れ幅がわかりやすいわね。かわいい」


「うん、わかってらっしゃる」


コユキはノートPCを開いたまま、ちらちらこっちを伺う。


「見たいなら、素直に来れば?」


「べ、別に……“監視”してるだけだし」


「それ、言い方が仕事」


「(ぷに)」


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