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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第六章:仮面の告発者

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070話『G崩壊』

「ふぅ……午前の仕事、いったん終了」


金曜の午前。

在宅のありがたさって、終わった瞬間に“力を抜ける”ところだと思う。

コーヒーを一口飲んで、椅子の背にもたれる。


ソファでタブレットを触っていたコユキが、ちらりと僕を見る。


「午前中の予定、全部終わったね。仕事の速度、先週より上がってる。……やっぱり、昨日と一昨日の“癒し”が効いた?」


「うん。顔が“やり切った人の顔”だった」


「……そんな判定あるのかよ」


笑いながらも、否定できない。

ここ二日、妙に賑やかで——それが、思っていたより心地よかった。


「今日は午後、ゲートだよね?」


「そう。近場の小型ゲート。今日は11階から始める」


テーブルの端に、ミニサイズのディアがふわりと現れる。

機嫌は良さそうで、目だけ優しい。


「お疲れさま、秀人。夕飯は――午前中に作れる範囲で用意しておくわね」


「ほんとに?助かる」


「ふふ。頑張ってるあなたの顔、……好きよ?」


「そこで照れさせにくる!……いや、ありがとうございます」


モフモフとミニに囲まれる生活、だいぶズルい。

でも午後は“遊び”じゃない。

気持ちを切り替えて——


13時。

自宅から電車と徒歩で30分ほど。

小型ゲート前に立つ。


「今日は11階から。軽く回って、スーラの実戦も見たい」


「了解。肩慣らしね。……行こ」


ゲートに踏み込んだ瞬間、鼻が嫌な仕事をする。

酸っぱいような、土と油が混ざったような——ぬめった空気。


そして視界の端が、黒く“動いた”。


手のひらサイズの虫の群れ。

黒光りする殻、長い触角、壁にも床にも天井にも、わらわらと——しかも、形がよりにもよって。


「……っ」


僕が言葉を失った一拍のあと、肩の上のミニディアが爆発した。


「む、無理!無理無理無理無理!!」


次の瞬間、空間がズン、と沈む。

僕の横で“紅い気配”が膨れ上がり——


「え、ちょ、ディア——」


バシュッ。


現れたのは、通常サイズのディア。

腰までの金髪が揺れ、銀の瞳が笑っていない。

夜の気配が濃くなる。

完全に本気のディア。


「存在が……無理なのよ……。あの蠢き、あの光沢、あの触角……無理」


……理屈じゃないやつだ。

構文詠唱もない。

ディアは、ただ手をひと振りした。


崩滅波動(カラミティ・ブレイク)。——全方位。全力で」


ズゴオォォン。


紅と黒が混ざった奔流が、壁も床も天井も、そして黒い群れも——まとめて“なかったこと”にした。

僕とコユキだけが、ディアの背後で無傷。


「……え?」


「……うわ、消えた」


ディアは胸を押さえて、深く息を吐く。


「ごめんなさい。ちょっと取り乱したわ。……でも、あれは正義だと思うの」


「……うん。僕も、あれは、心が無理だった」


「人類共通の敵だね……」


ディアはぷいっと顔を背けて、ブレスレットへ戻っていく。


「今日はもう、お休みするわね……」


魔力の気配がすっと薄れた。


「……Gが、始祖の姫すら退かせるとは」


「格が違ったね……」


僕とコユキは、無言でうなずき合った。


「……ということで、次は12階。どうする?」


「行く。こうなったら、気持ち切り替えて“心の浄化タイム”」


「了解。次は“さっきの記憶を上書きするペース”でいこ」


階層まるごと消し飛ばした事件のあと、僕たちは淡々と進む。


12階は速度特化の中型。

突進をスーラの“籠手”で受け止め、勢いごと溶かして無力化する。


(ほんと、受け止め役なのに、主役側にいるんだよな……)


ぷにっ、と腕の上で返事みたいに振動が返ってくる。

かわいいのでヨシ、じゃなくて、頼もしいのでヨシ。


13階は重力ギミックのあるフロア。


さっき手に入れたばかりの新スキル――反重力脚(グラビティ・ステップ)

説明だけじゃ掴めない。

ここで実地テストだ。


反重力脚(グラビティ・ステップ)、着地の瞬間に合わせて」


「了解……試す」


踏み出した瞬間、床が抜けた。

落ちる——と思ったところで、脚に魔力を集める。


“ふっ”と体が軽くなる。

落下速度が、目に見えて緩む。


「……おお。これ、落下だけじゃなくて、跳躍にも使えるな」


「うん。制動時間が伸びる。空中で姿勢を作れるのが強い」


「あとで訓練枠だな。使いこなせたら相当変わる」


14階は電撃系。

スーラが前に出て、五式吸収(エナジー・イーター)魔力捕食(マナ・スナッチ)で、飛んでくるものを“全部飲み込む”。


「……ほんと、頼れる」


「火力を足すより先に、事故を消す。しかも消し方がえげつない。スーラらしい」


そして最後を片付けて、深呼吸。


「これで16階までクリア。おつかれ」


「スキルは反重力脚(グラビティ・ステップ)だけ。でも成果は大きい」


「うん。戦術の幅、広がった」


スーラはぷるん、とご機嫌に震えて、いつも通り影へ戻っていく。

僕はゲートを出て、家路についた。


夜。

シャワーを浴びて、夕食を済ませて、ソファに沈む。


テーブルには温め直したプレートと、紅茶。

ミニサイズのディアが、少し静かな顔で座っていた。


「秀人。今日も、よく頑張りましたね」


「順調だよ。……でも、ディア。元気ない?」


「……少しだけ、あの“残像”がね」


「やっぱ引きずってたか……」


「今日は、冷凍の作り置きを温めるだけにしたの。ごめんなさい」


「全然いいって。あれを見た直後に“いつも通り”やろうとする方が、無理してる」


ディアが紅茶の香りを確かめるみたいに、カップに指を添える。

いつもの優雅さはある。

でも、耳の先がほんの少しだけしょんぼりしていた。


足元ではコユキがクッションで丸くなって、尻尾を一度だけ揺らす。


「ねえ、ニュース……見た?」


「ん?……これか」


スマホを開く。


《米軍、スキル保持兵士100名を突破──“1階層ループ訓練”が機能》


「……来たね」


記事はこうだ。

一階層クリア、帰還、再突入のループを制度化。

週一でスキルを取得させる仕組みを構築し、新たに戦力化された帰還者が百名を超えた、と。


——“スキルは国家資産。帰還者は戦略リソース”といった趣旨のコメント。


「まあ……こうなるよな」


コユキが目を細める。


「当然の流れ、だね。“使える”ものを放っておかない」


「新しい技術が軍用されるのは昔からの話。スキルが“兵器”扱いになるなら——戦争の形も変わるだろうな」


ため息が漏れる。

その肩に、ディアがそっと寄り添ってくる。


「でも、あなたは国に使われるために、スキルを振るっているわけじゃないでしょう?」


「……うん。国家の歯車になる予定はない」


「ええ。それでいいのよ。あなたはあなたのまま——今まで通り、前へ進めばいい」


その言葉に、僕は小さく笑って、画面を閉じた。


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