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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第六章:仮面の告発者

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068話『仲間と笑う日、ぷにぷにと進化する朝』

いつもより少し遅めに目を覚ました僕は、寝ぐせを手ぐしで押さえながら、二階からリビングへ降りた。


──そして、階段の最後の一段を踏んだところで、思考が止まる。


「おはようございます、時任さん」


「……って、え?」


朝のリビング。

ソファにちょこんと座っていたのは、一ノ瀬透花。

その隣には、透明感のある空気をまとったエルフのリィナが、静かに背筋を伸ばしている。


向かい側では、コユキが器用に猫座り。

さらにテーブルの上、ミニチュアのディアが優雅に紅茶を啜っていた。


(……なに、この絵面)


僕の家のはずなのに、僕だけが場違いな気がする。


「いや、待って。整理させて」


頭の中で、昨夜の記憶を掘り返す。


──そうだ。

昨日、食事が終わったあと。


一ノ瀬が「猫さんと妖精さんにも、きちんとお礼がしたい」と言い出したんだった。


(いや、気持ちは分かる。分かるけど……)


もちろん個室とはいえ、人目もある場所で二人を呼び出すのは無理がある。

「それはちょっと」とやんわり断ろうとした、その瞬間。


脳内に、あからさまに圧のある念話が突き刺さった。


『おいしいものを目の前で食べてるのに、私たちはずっと“見るだけ”。……どういうことか、分かってるわよね?』

『ごちそうしてくれるなら、顔くらい出してもいいって言ってるの。わたしたちも、ちゃんと“お礼”は受け取るから』


……我慢ゲージは、とっくに振り切れていたらしい。


だから僕は、苦し紛れに“仲裁案”を出した。


「人目がある場所じゃ無理だから……うちで改めて、顔合わせとお礼タイムをやろうか?一ノ瀬さんがいいなら、って前提だけど」


すると一ノ瀬が、目を輝かせて。


「じゃあ、美味しいもの、たくさん買いに行きましょう!」


──閉店間際のデパ地下へ滑り込み。

あれやこれやを大量購入。

笑い声と、柔らかな空気に包まれて始まった“二次会”。


……気づけば、誰にも語られないまま、特別な夜として記憶の奥に刻まれていた。


そして今。


「改めて、おはようございます、時任さん」


「……おはよう。一ノ瀬さん、リィナさん」


「ん。おはよ。起きてきたね、マスター」


「おはようございます、秀人。少し寝過ぎじゃなくて?」


「……色々あったんだよ」


テーブルには、昨夜の残りのデパ地下グルメが並び、簡易的な朝食になっていた。

僕も席につき、ようやく箸……じゃない、フォークを手に取る。


一ノ瀬が、少しだけ肩をすぼめた。


「昨日は……お酒、飲んでしまって。すみません。少し、醜態を晒してしまった気がして……」


「気にしなくていい。酔ってても、ちゃんと伝わってたよ」


「……うっ。それはそれで、恥ずかしいです」


ディアが紅茶のカップを置いて、くすっと笑う。


「ふふ。いい夜だったわ。珍しくあなたが“人の輪”にいるのを見て、私も楽しかったもの」


「料理も美味しかったしね。マスターがちゃんと社交してるの、こっちまで癒された」


「……僕って、そんな“基本ぼっち”扱いだった?」


「自覚ないのが、一番おもしろい」


「コユキ、黙りましょう」


(通常運転だな……)


そんな空気がひと段落した頃、一ノ瀬が箸を置いて、少しだけ背筋を正した。


「昨日は、相談に乗ってくださって……ありがとうございました」


「こちらこそ。話してくれて、助かった」


一ノ瀬は、小さく息を吐いてから微笑んだ。

昨日よりずっと、顔が晴れている。

迷いが消えたというより、“自分で決めた”顔だ。


「……まだ、時任さん以外の男性は、少し苦手意識があります。だから、無理に距離を詰めたりはしません。まずは“業務に支障が出ない範囲”で、きちんと接していこうと思います」


「うん。それでいい」


「それに……私は、ゲート対処特務班のエース帰還者なんですから。今はそれとして、やるべきことをやります」


その言葉に、僕は自然に頷いていた。


「それが一ノ瀬の答えなら、応援するよ」


一ノ瀬が、少しだけ照れたように笑う。


「ただ――走り続けるだけじゃなくて、困ったときはちゃんと頼ってください。俺でも、八代さんでもいい」


「八代さん、周りを動かすのは上手い人に思える。信頼していいと思う」


「……はい」


そして僕は、言葉を少し選びながら付け足す。


「それからエースの立場……“出る杭は打たれる”って言うけど――圧倒的に出すぎた杭は、そもそも打つ側が手を引く。仕事でも、たまにある」


「ふふっ……覚えておきます」


穏やかな朝だった。

戦場じゃない。

政治でもない。

ただの食卓という名の、平和な時間。


やがて僕は、一ノ瀬とリィナを駅まで送ることになった。


春の空気が、やわらかい。

街の音が、ちゃんと日常に戻っている。


「ありがとうございました、時任さん。私、頑張りますから」


「……うん。頑張りすぎないで。危なくなる前に、一回ちゃんと立ち止まって」


「はい」


一ノ瀬は軽く手を振って、改札の向こうへ消えていった。

その背中を見送りながら、僕も少しだけ背筋を伸ばす。


日常と非日常のあいだで、またひとつ。

心が前に進んだ気がした。


帰宅すると、ディアがリビングの窓際で陽を浴びながら、紅茶を片手に言った。


「こういう時間も、たまにはいいものね」


「……そうだね。たまには」


僕もソファに沈み込み、ようやく肩の力を抜く。


──が、くつろぎタイムは長く続かなかった。


テーブルに残った紙容器やグラス。

宴会の名残を片付けようと立ち上がった瞬間、ディアがちらっとこちらを見る。


「秀人。94階に来てもらえる?」


「……了解」


このタイミングで“城のお呼び出し”。

嫌な予感はしないけど、ろくでもない予感はする。


コユキがひょこっと現れた。


「じゃ、ついてくよ」


物置部屋のサブゲートを抜け、僕たちは94階層へ向かった。


城の玉座の間。

いつもの場所に降り立つと、ディアは開口一番、どこか得意げに言った。


「スーラが、進化したの」


「進化……?」


「ええ。スーラは元々優秀だけれど、深層になればなるほど“素のスペック”だけでは限界が来る。……だから、手を打ったの」


「手を打った、って……」


ディアはさらりと言う。


「この城の地下倉庫に眠っていた“財宝”を、スーラに吸収させたの。私の魔力を注ぎ吸収できるようにしながらね」


「……財宝?この城、そういうのあったの?」


素で聞き返してしまった。

デカい城なのは知ってたけど、地下倉庫とか、財宝とか、初耳だ。


ディアはくすっと笑う。


「ええ。昔集めた装備や魔道具がたくさん。ただし外へ持ち出そうとすると、ゲートで拾うものと同じく崩壊する。だから、“中で使う”か、“中で生かす”しかないのよ」


「なるほど……ゲートの仕様か」


ディアは軽く手を振った。


「あなたがスーラを“籠手”みたいに使っているのを見て思ったの。アイテムって、結局は“効果”が本体でしょう?なら、使わないアイテムから効果だけを抜き取って、スーラに定着させればいい――そう考えたのよ」


「……それで試したんだ」


「ええ。そして成功」


ディアは誇らしげに頷いた。


「百近い特殊な効果が付与された財宝を、私の魔力で順に解いて吸収させた。結果――スーラが得たスキルは、六つ」


ディアが指を折っていく。


1.《質量魔変(マス・シフト)

魔力を質量に変換・蓄積し、膨張・縮小を自在に行う。


2.《魔力捕食(マナ・スナッチ)

スキル・魔法・生命から魔力を吸収し、自己魔力に転換。


3.《五式吸収(エナジー・イーター)

運動・電気・熱・光・核の五種エネルギーを吸収。


4.《癒空生成(ヒーリング・ブレス)

精神の安定を促進し、催眠・洗脳・混乱など精神異常を無効化。回復も可能。


5.《偽色変態(カメレオ・スキン)

体表の色彩を自在に変化。


6.《滋養膠片(ゼリー・セパレート)

体の一部を美味な栄養ゼリーへ変化。


「……守り寄りだね」


僕のつぶやきに、ディアがゆっくり頷く。


「ええ。スーラはあなたを“守りたい”って気持ちが強いのよ。吸収した効果も、攻撃より防御と補助に寄って継承された。気質ね」


「……性格からの適正がある、ってことか」


言いながら、僕は頭の中で整理する。

スーラは元々――《選択溶解(セレクティブ・メルト)》《魔力ろ過マナ・フィルトレーション》《擬形変化(モーフ・シフト)》の3つのスキルをもっていた。


そこに今の六つが乗り――合計、九つ。


(……これ、ディア抜きで僕とコユキだけだったら――勝ててないんじゃないか)


そこで、コユキがぼそっと言う。


「その構成ならさ……スーラが頭の上にいれば、核が落ちても生き残れそう」


「……盛りすぎだろ」


と言いかけて、スキルを思い返す。

エネルギー吸収、魔力変換、防御、精神安定、回復……。


(……いや、冗談に聞こえないのが怖い)


ディアが呼びかける。


「スーラ。来て」


スーラが、ぷるりと現れた。


……え?


以前は淡い青と銀の半透明。

コアも赤ちゃんのこぶしほどだった。

でも今は、淡い黄と銀が混ざった光沢。コアは黄金色で、しかもビー玉サイズまで小さくなっている。


「……見た目、変わったね」


指先で触れると、弾力のある抵抗が返ってくる。


(ぷにぷに感、増してない?)


スーラは「どう?」と言いたげにぷるぷる震えた。


「よくやった。すごいよ、スーラ」


その言葉に、スーラが嬉しそうに跳ねる。


ディアも満足げに頷いた。


「これであなたは、ただのゼリューム・スライムじゃない。唯一無二よ」


「……確かに、唯一無二だ」


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