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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第六章:仮面の告発者

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066話『語られざるリスク』

八代さんが話題を切り替える。


「ベトナムで、向こうの“エース格”と接触したとき。鑑定に近いスキルを受けた――その話は本当ですか?」


僕は頷いた。


「確証はありません。ただ……“当たった感覚”がありました。内側を覗かれるような」


「情報を読まれましたか?」


「読み切るのは難しかったと思います。こちらのほうが格上だったはずなので。相手の表情も、“通じてない”寄りでした」


八代さんは、短く頷く。


「聞いていた情報ではあるけど……有益な情報よ。こちらも対外接触のリスクを見直すわ」


その言い方は、褒めても責めてもいない。

“覚える”だけの声だった。


八代さんが、まっすぐ僕を見る。


「……あなたは、そこまで強くなって。どうするおつもり?」


問いの温度が変わった。

空気が、少しだけ深くなる。


僕は正直に言う。


「……分かりません」


室内の気配が揺れる。

でも、言葉は続けた。


「ただ――目的が“強さそのもの”ではないのは、はっきりしています」


「僕が欲しいのは、力じゃなくて“選べる余地”です。自分の意思で、退くか進むかを決められる余地。もし守るべきものがある時に、守る選択ができる余地」


「強さそのものが目的じゃありません。必要だから、結果として強くなっています。仕事と生活のバランスは、崩さないつもりです」


少しだけ間を置く。


「ゲートの中は怖いです。今も。それでも、前に進める感覚があります。――自分がちゃんと生きてる、って実感があるんです」


「だから進みます。けど、暴走はしません。仕事と生活の軸は崩さない。法律も秩序も壊さない。その線は、越えないと決めています」


視線を外さず、言葉を“公”の形に整える。


「そして、その強さが社会にとって危ういものになりそうなら――止め方も含めて、僕は考えます」


八代さんは、少しだけ目を細めた。


「……なるほど」


受け止めた、という返事。


でも、僕はここで終わらせなかった。


「ただ――40階で気づいたことがあります」


九条さんと柊さんの姿勢が変わる。

一ノ瀬も表情が引き締まった。


「単純な戦闘力より、危険なものがあります」


「40階のボスは女性型のリッチで――洗脳系のスキルを受けました」


リィナが、ほんのわずかに身を固くした。


「その瞬間、僕は敵を“心の底から愛おしい”と感じました。味方が敵に見えました。判断が、全部ひっくり返りました」


「最終的には痛みと死の恐怖で戻り倒せました。でも――もし戻れなかったら、と思うとゾッとします」


声が少しだけ落ちる。


「死ぬのも怖い。けど、もっと怖いのは――その状態で“生きて帰っていた”場合です」


沈黙が落ちる。


――40階から戻ってから、ずっと頭の隅に刺さったままのことがある。

今、この場で言わないわけにはいかない気がしていた。


僕は、続ける。


「そしてこれは“モンスターだけの話”じゃありません。もし帰還者の中に、催眠や洗脳に近いスキルを持つ人間がいたら――」


「本人の意思を偽装できる。発言も、行動も、判断も操作できる。……国の意思決定層ですら、例外じゃありません」


会議室の空気が、重くなる。


九条さんが、低い声で問う。


「……日本にいると思うのか」


「分かりません。でも、ゲートの数だけ帰還者が増えるなら――“いつかは出てくる”と考えたほうが自然です」


柊さんが、メモを取る手を止めない。


「対策は?」


「帰還者なら、強くなること。解除スキルを持つこと。ただ……一般人を守る仕組みとしては、今の段階で明確な答えはありません」


一ノ瀬が、唇を噛む。


僕はもう一つ、言葉を落とす。


「それと……“弱い”相手でも危険な場合があります。例えばゴブリン系。ゲームなら“弱い敵”で済む。……でも向こうでは、繁殖が現実です。」


言い切った瞬間、空気が更に冷えた。

誰も、軽口で流せない。


「結局、“どんなスキルがあるか分からない”。人もモンスターも、“どう悪用されるか分からない”。……僕は、そこに一度踏み込みました」


沈黙。


数十秒のあと、八代さんが口を開いた。


「……分かった。今すぐ答えが出せる話じゃない。こちらで慎重に検討する」


「はい、ありがとうございます」


言葉が短いほど、重い。


その後、場は少しだけ緩む。

緩めていいところまで来た、という合図みたいに。


八代さんが立ち上がり、まっすぐ僕を見た。


「今日は有意義だった。九条から聞いている。あなたは“組織に縛られるのが嫌い”だと」


僕は苦笑した。


「……否定できません」


「だから案件ベースでいい。帰還者管理庁とは別にゲート対処特務班として、依頼することがあるかもしれない。そのときは、力を貸してほしい」


「条件次第で。――ということでしたら」


「ええ。条件次第でいいわ」


八代さんの口元が、ほんの少しだけ笑った。

その笑いは、たぶん“友好”のサインだった。


五十嵐さんも、最後に一言だけ。


「……42階の話。現場にとっては喉から手が出る情報だ。……頼む。無茶して死なないでくれよ」


ぶっきらぼうだけど、嘘がない。


「努力します」


それが精一杯だった。


八代さん、五十嵐さん、一ノ瀬、そしてリィナが退出する。


会議室に残ったのは、九条さんと柊さんと僕。


九条さんが、ため息の代わりに言った。


「……また無茶をしたな」


「無茶のつもりはありませんでした。……ただ、無理はしました」


「無理も気をつけろ……死にかけてから学ぶな」


「……はい」


柊さんが資料をまとめながら、小さく言う。


「提出物は助かります。……ただし、君の中で線引きは崩さないでください。みんな心配します」


その言葉が、胸の奥に残った。


(心配させたか……)


今日の面談は、静かに終わった。


僕は立ち上がり、最後に一度だけ深く息を吐き、お礼をした。


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