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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第六章:仮面の告発者

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065話『境界の面談』

水曜の午前は、がっつり仕事だった。


ゲートも政府も、いったん頭の外に押し出して。

目の前のタスクだけを、ひたすら潰す。


チャットの通知、資料の差し戻し、営業からの相談。

レビュー、軽い火消し。

ついでに、もう一件火がつく。


でも、こういう“現実”は、僕の身体は慣れている。

指が勝手に動いて、言葉が勝手に整う。


13時。ようやく椅子に深くもたれた。


「……午前の部、完了」


息を吐いて、時計を見る。

午後は政府施設で九条さんとの面談――その“紹介つき”だ。


(出発まで、まだ少しある)


ちょうどいい空き時間を、お昼を食べながら僕は“整理”に使った。


42階までの進行記録。

出現モンスターの傾向、頻度、地形、難所ポイント。

音声メモからAIで文章化したデータに、危険度をざっくりつけつつレビューする。


そして、いつも通り。

こちらのスキルや戦闘の中身は、一切書かない。


14時過ぎ。

作業を切って身支度を整える。

今日はスーツじゃない。

ジャケットとシャツ。

失礼にならない程度に、少しだけ柔らかい装い。


ブレスレットの中にディア。

影の中にコユキ。

スーラは――一昨日から94階だ。


『……あまり長引かないといいわね』


ディアの声は落ち着いている。

その落ち着きが逆に、今日が軽い話じゃなくなるのではと思わせる。


『ボクは影。静かにしてる。……たぶん』


「“たぶん”やめろ」


影の中で、小さく鼻で笑う気配がした。


電車で淀屋橋へ向かう。

SNSを開くと、相変わらずゲートの話題で埋まっている。


“攻略レース”“帰還者ランキング”――

どこかゲームみたいな文字列に、胃の奥が少しだけ冷える。


(……42階まで行った僕が、まだ未報告扱い。皮肉だな)


スマホを伏せて、窓の外へ視線を逃がした。


15時20分。

政府施設。


受付で名前を告げる。


「時任秀人です。九条さんとお会いする約束をしております」


案内された廊下は静かで、音が吸われるみたいだった。

エレベーターを抜け、指定された会議室の前で立ち止まる。


(……さて。今日はどんな話になるのか)


ノックする手に、わずかに力が入った。


扉の向こうは、予想より静かだった。


入った瞬間、視界に九条さん、柊さん――そこまでは想定通り。


そして。


「……一ノ瀬?」


柔らかく微笑む一ノ瀬透花。

そのそばに、エルフのリィナが静かに立っている。


(……雰囲気、少し変わった?)


さらに視線を移すと、見知らぬ二人。


一人は黒いスーツの女性。

姿勢が綺麗で、空気が冷静。


もう一人は体格のいい男性。

立ち方が“現場”のそれで、無駄がない。


九条さんが一歩前に出た。


「来てくれて助かった。紹介しよう」


簡潔に、でも重みのある声。


「ゲート対処特務班の責任者――八代理子さん。そして同班の戦闘指揮を務める隊長、五十嵐烈士だ」


「……はじめまして。時任秀人です」


八代さんは、丁寧な角度で会釈した。


「初めまして。八代理子です。今日はお時間、感謝します」


温度の低い丁寧さ。

礼儀の中に“観察”が混ざっている。


五十嵐さんは立ち上がり、短く頭を下げた。


「五十嵐烈士です。よろしくお願いします」


声は低く、余計な飾りがない。

ただそれだけで、場が締まる。


(……見たことがある)

どちらも、ニュースで――“特務班”の顔として映っていた。


九条さんが続ける。


「勧誘じゃない。おまえが組織に縛られるのを嫌うのも含めて、八代さんには伝えてある。安心しろ」


……助かる。

僕は小さく頷いた。


八代さんが、真正面から僕を見る。


「あなたのことは、限られた報告と九条さんの評価で把握しています。率直に言うと――興味深い存在ですね」


一ノ瀬の視線が、静かにこちらに乗る。

リィナは表情を変えない。


八代さんが続けた。


「ただ――あなたに関する情報は、政府内でもごく一部にしか共有されていないわ。ここにいる五十嵐にも、一ノ瀬にもね」


会議室の空気が、ほんの少し硬くなる。


「このあと、踏み込んだ話をします。望まないなら、五十嵐と一ノ瀬には席を外してもらうこともできます」


僕は一拍置いてから、口を開いた。


「一つだけ、確認させてください」


「どうぞ」


「ここにいる五十嵐さんと一ノ瀬さんは、あなたが“秘匿できる”と断言できる方ですか。漏れた場合の責任は、持ってもらえますか」


一瞬、空気が張り詰めた。


八代さんの口元が、ほんの少しだけ緩む。


「……食えない人ね」


そして、はっきり言った。


「ええ。私は部下を信頼しています。もし漏れたなら、私が責任を取るわ。――それでいい?」


「……十分です。では同席でお願いします」


九条さんが、短く息を吐いた。

柊さんは黙ってメモを取っている。


(本当は、最初の一手で“責任”を突きつけるやり方は好かれない。信頼を積んでからやるのが、まともな順番だ。……でも今日は、その順番を待てなかった)


八代さんが本題に入る。


「アメリカと中国が、20階をクリアしたニュースは見たかしら?」


「はい。見ました」


「正確には、10日前ね。両国ともほぼ同時に突破。公式発表され、国際的にも評価された大きな功績です」


(……ここまでは公開情報だ)


八代さんは続ける。


「ただ――あなたはその約2週間前に、20階を突破していたと聞いている」


五十嵐さんの肩が、わずかに動いた。

目が、こちらに刺さる。


僕は小さく頷いた。


「その件、情報の更新があります」


「更新?」


……言うべきか、一瞬迷う。

ここで出せば話は早い、出戻りも減る。

ただ、言った瞬間に――この場の前提が変わる。

それでも、黙って引き延ばす方が後で面倒になる。


「はい。本来は九条さんと柊さんに個別でお伝えする予定でしたが――この場で共有します」


全員の視線が集まる。


「先週の金曜午後から日曜夕方まで、約50時間。ゲートに潜りました」


一瞬、空気の密度が変わった。


「……現在のクリア階層は、42階です」


静寂。


言葉のない静けさが、数秒続いて――


「……そんな馬鹿な」


五十嵐さんの声が漏れた。


八代さんが、鋭く言う。


「五十嵐。口を慎みなさい」


静かな声なのに、逆らえない。

五十嵐さんは口を閉じた。


八代さんは僕を見つめる。


驚きというより、分析の目だ。


僕は苦笑する。


「40階で死にかけました。正直、やりすぎでした」


九条さんの眉が寄る。


「気をつけろと言ったはずだ」


「……耳が痛いです」


柊さんが、少し引き気味に言う。


「各階層のデータはありますか?」


「地形傾向と出現モンスターをまとめてあります。あとで提出します。参考程度にはなるかと」


「……受け取ります」


柊さんが、少し引き気味の声でそう返してくる。


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