062話『静かな報告会、意志の武器』
「じゃあ、そっちの成果も教えて。コユキ、今回いくつ増えた?」
「順番にね」
コユキが指――じゃなく、尻尾を小さく動かす。数える仕草が妙に可愛いのが悔しい。
「まず29階。癒泉導脈」
「範囲で、回復を流し続けるやつだな」
「うん。小規模だけど、連続で支えられる。護衛とか救出のときにも使えるタイプ」
40階で死にかけた直後にその単語が出るのは、コユキなりのフォローにも聞こえた。
「で、40階のボスから――三つ」
コユキの目が、少しだけ鋭くなる。
「甘き呪縛、夢醒の鈴音、それと闇焔刃」
「……洗脳と闇の刃。もう一つは何?」
「一つずつね」
コユキは淡々と言う。
「甘き呪縛は、好意や信頼を“刷り込む”。戦意を曇らせて、最後は命令に逆らえなくする。使い所を間違えると、最悪だよ」
「うん……身をもって分かった」
僕が腹に手を当てると、コユキが一瞬だけ笑った。
「反省は偉い。二度目は、もっと痛い」
「やめろ」
ディアが、横で静かに頷く。
「次、夢醒の鈴音」
コユキが言葉を継ぐ。
「錯乱、幻影、精神侵蝕。そういう“濁り”を澄んだ音で払う解除系。……あのボス、侵すだけじゃなくて、解く手段まで持ってたんだよ」
「解除系も……あの敵が?」
ディアが横で頷き、柔らかく続けた。
「ええ。堕ちる前の“理性”の名残かもしれないわね。
……あなたが次に同じ目に遭っても、今度はコユキが乱暴じゃない解き方を選べる」
その言い方が、妙に安心させる。
僕は小さく息を吐いた。
「……助かる」
コユキが、最後に短く。
「で、闇焔刃は闇属性の刃。黒煙みたいな魔力を“刃”に固めて、うねるように伸ばしてくる。軌道が読みにくいのに、切れ味だけは素直に悪質。かすっただけで、皮膚の下に冷たい痛みが残るタイプ」
「……あの脇腹のやつか。たしかに、嫌だった。で、残りもあるんだよね?」
「ある。ちゃんと覚えてるから」
コユキがむぅ、として、指を折る代わりに尻尾を一本ずつ立てていく。
立て方が妙に誇らしげだった。
「まず、澄光障壁。これ、常時発動型の防御スキルで、ボクの周囲に薄い光の膜が展開されてるの。攻撃っていうより、軽減に特化してて……まぁ、見た目は分かんないけど、結構守ってくれる」
「常時型の軽減か」
「そう。見た目はほぼ分からない。……でも守る。地味だけど強い」
「地味は正義だ」
「分かってるならよし」
次の尻尾が立つ。
「重力撹乱。足元の重力方向をずらして敵を転ばせたり、ちょっとだけ吹っ飛ばしたりできるの。うまく使えば、回避や牽制にもなる」
「戦術の幅が広がるな」
「やっと“戦術”って言葉が出た。えらい」
「上からだな」
「事実」
三本目……いや、まだ続く。
コユキが珍しく、言葉の出だしで一拍迷った。
「で、遺命操作」
「……その溜め、嫌な予感しかしない」
「正解。嫌なやつ」
コユキが一瞬だけ真顔になって、淡々と告げる。
「類似種族限定だけど、強制的に受精させたり、逆に阻害したり――そういう作用があるっぽい」
「………………は?」
僕の声が裏返った。
「待て待て待て。なんで回復とか防御の並びで、いきなり生物倫理が出てくるんだよ」
「ボクに言われても困る。……模写捕食が“掴んだ”」
僕が即ツッコむより先に、ディアが小首を傾げて、さらっと言った。
「……へえ。種族が違っても“可能性”が広がるのね。じゃあ私と秀人の――」
「待って! 今ここでその話を広げないで!」
「ふふ。冗談よ。……半分は」
「半分!」
コユキが冷めた目で僕らを見て、ぽつり。
「だから嫌なんだよ。その方向に会話が滑るから」
「お前が掴んだからだろ!」
コユキは一拍だけ黙ってから、珍しく小さく咳払いした。
「……というか。ボク、今まで“何でも”掴んでたわけじゃない」
「え?」
「変なのを拾うと面倒でしょ。だから、相手は結構選んでた。危ない匂いがする個体は、なるべく避けてた」
ディアが楽しそうに目を細める。
「そういえば……ゴブリン系とか、妙に距離を取ってたわね?」
コユキがむっとして、耳をぴこっと動かした。
「……あれは特に。掴んだら後悔する種類が多い」
「判断基準が生々しいな……」
「実務だよ、秀人。君の言う“リスク管理”」
「やめろ、仕事用語で正当化するな」
ディアがくすっと笑って、話を畳むように言う。
「でも、選べていたなら安心ね」
僕は深呼吸して、話を戻した。
視線の先で、コユキの尻尾が一本、二本、三本……全部きっちり立っている。
「……で。まだあるんだよね?尻尾、三本立てきったけど」
「ある。数は合ってる。尻尾は正しい」
「尻尾で進捗管理するな。会議のチェックリストみたいになってる」
「分かりやすいでしょ」
ディアが肩をすくめて、楽しそうに言った。
「秀人、続きを聞くなら……次の尻尾は、あなたが立てる?」
「立てない。普通に説明して」
コユキは、立てた尻尾を一度だけ揺らしてから、淡々と続けた。
「はいはい。次。……四本目、魔力撥弾」
「四本目ないよな……」
「分かりやすいでしょ」
コユキは悪びれずに言い切る。
「一回だけ、当たった魔法を弾き返す。タイミングが必要だけど、強敵ほど刺さる」
「反射か。……一発逆転の札だな」
「そう。そういうの、嫌いじゃないでしょ」
「……否定できない」
五本目――というより、“残りはこれだけ”の合図。
「五本目。鼓動感知」
「ない尻尾に番号振るな」
「……鼓動と魔力の脈動で、視界外の敵の位置を取る。透明や隠密にも効く。背後、取られにくくなる」
「それ……地味に便利すぎる」
「地味は正義って言ったの、誰?」
「……僕だな」
「じゃ、褒めて」
にぱっと笑って、耳がぴこっと揺れた。
ずるい。
こういう顔をされると、こっちの負けだ。
「整理して説明できるの、さすがだ」
「当然の結果」
ドヤ顔で毛づくろいを始める。
でも、ほんの少しだけ照れてるのが分かるのが、また悔しい。
ディアが立ち上がる。
「では、こちらもどうぞ」
ダイニングに、湯気の立つ料理が並ぶ。
香りだけで、身体が“帰宅した”と再確認する。
「寝ている間に用意したわ。疲労回復……というより、精神のほうね。温かいものは効くでしょう?」
「……効く。めちゃくちゃ効く」
一口食べて、思わず息が漏れた。
うまい。
体の奥がほどける。
ディアがカップを置き、少しだけ声を落とす。
「それで。反省点も確認しましょうか?」
「……技能共有結が切れたところだな」
僕は頷く。
「痛みで集中が一拍揺れた。金曜からの滞在で、精神の疲れも溜まってた。……あの瞬間、呼吸みたいに繋がってた糸が切れた」
「うん。だから次は、切れない対策だけでなく“切れても立て直す手順”を作る」
コユキが淡々と言う。
「仕事も同じ。想定外はゼロにできない。だから復旧手順がある」
「……まさか、ここで業務の話が出るとは」
「出るでしょ。秀人だもん」
ディアが柔らかく笑う。
「あなたはできる人よ。……だからこそ、“大丈夫じゃない瞬間”も想定しておいて。強さって、そういう準備よ」
説教じゃない。
ただの事実として言われるから、素直に入ってくる。
「はい、先生」
「先生役、また増えた」
コユキがぼそっと言って、僕は笑った。
食後、ソファに沈み込み、ふぅと息を吐く。
その横で、ディアが静かに通常サイズへ――いや、もうずっと通常サイズでいる。
「ん……ちょっとだけ」
そう言って、肩に体重を預けてくる。
髪の香り。
落ち着く甘さ。
さっきの“甘き呪縛”とは、まるで違う。
「……こうしてると、全部報われた気がする」
「まだ途中よ。道のりは長いもの」
「それでも……今くらい、いいだろ?」
「……ふふ。少しだけ、ね」
ディアが膝の上をぽん、と叩く。
コユキが渋い顔をして、でも乗ってくる。
「今日だけだからね」
「ありがたく、モフらせていただきます」
ふわふわ。もちもち。
右肩にディア。膝にコユキ。
テーブルの上、プレートの隅っこで、スーラがちょこんと座っていた。
ぷるん、と小さく震えて、こちらを見上げる。
──静かで、温かくて、柔らかい時間。
(こういう“回復”があるから、また潜れる)
ゲートの攻略は続く。
でも今は、この安らぎの中で、心を整えていたかった。
読んでくださりありがとうございます!
第五章は、秀人たちの「足場固め」の物語でした。
・Lv50の壁を突破し、新たな領域へ
・万能スキル『黒想鋳具』や『自在操作』の獲得
・ディアやコユキとの連携(と胃袋)の強化
全ては、次に訪れる大きな波乱(第六章)を乗り越えるための布石です。
続く第六章のテーマは「仮面の告発者」。
人間の悪意が動き出すとき、秀人はどう動くのか。
秀人が社会人として、そして帰還者として、どう落とし前をつけるのか。
ここからさらに加速します!
ぜひ、第六章も一緒に走っていただけると嬉しいです!




