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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第五章:共に在る戦場と日常

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062話『静かな報告会、意志の武器』

「じゃあ、そっちの成果も教えて。コユキ、今回いくつ増えた?」


「順番にね」


コユキが指――じゃなく、尻尾を小さく動かす。数える仕草が妙に可愛いのが悔しい。


「まず29階。癒泉導脈(リジェネレーター)


「範囲で、回復を流し続けるやつだな」


「うん。小規模だけど、連続で支えられる。護衛とか救出のときにも使えるタイプ」


40階で死にかけた直後にその単語が出るのは、コユキなりのフォローにも聞こえた。


「で、40階のボスから――三つ」


コユキの目が、少しだけ鋭くなる。


甘き呪縛(アモール・ドレイン)夢醒の鈴音(ルシッド・ベル)、それと闇焔刃(ダーク・ブレイズ)


「……洗脳と闇の刃。もう一つは何?」


「一つずつね」


コユキは淡々と言う。



甘き呪縛(アモール・ドレイン)は、好意や信頼を“刷り込む”。戦意を曇らせて、最後は命令に逆らえなくする。使い所を間違えると、最悪だよ」


「うん……身をもって分かった」


僕が腹に手を当てると、コユキが一瞬だけ笑った。


「反省は偉い。二度目は、もっと痛い」


「やめろ」


ディアが、横で静かに頷く。


「次、夢醒の鈴音(ルシッド・ベル)


コユキが言葉を継ぐ。


「錯乱、幻影、精神侵蝕。そういう“濁り”を澄んだ音で払う解除系。……あのボス、侵すだけじゃなくて、解く手段まで持ってたんだよ」


「解除系も……あの敵が?」


ディアが横で頷き、柔らかく続けた。


「ええ。堕ちる前の“理性”の名残かもしれないわね。

……あなたが次に同じ目に遭っても、今度はコユキが乱暴じゃない解き方を選べる」


その言い方が、妙に安心させる。

僕は小さく息を吐いた。


「……助かる」


コユキが、最後に短く。


「で、闇焔刃(ダーク・ブレイズ)は闇属性の刃。黒煙みたいな魔力を“刃”に固めて、うねるように伸ばしてくる。軌道が読みにくいのに、切れ味だけは素直に悪質。かすっただけで、皮膚の下に冷たい痛みが残るタイプ」


「……あの脇腹のやつか。たしかに、嫌だった。で、残りもあるんだよね?」


「ある。ちゃんと覚えてるから」


コユキがむぅ、として、指を折る代わりに尻尾を一本ずつ立てていく。

立て方が妙に誇らしげだった。


「まず、澄光障壁(クリアライト・ガード)。これ、常時発動型の防御スキルで、ボクの周囲に薄い光の膜が展開されてるの。攻撃っていうより、軽減に特化してて……まぁ、見た目は分かんないけど、結構守ってくれる」


「常時型の軽減か」


「そう。見た目はほぼ分からない。……でも守る。地味だけど強い」


「地味は正義だ」


「分かってるならよし」


次の尻尾が立つ。


重力撹乱(グラビティ・シェイク)。足元の重力方向をずらして敵を転ばせたり、ちょっとだけ吹っ飛ばしたりできるの。うまく使えば、回避や牽制にもなる」


「戦術の幅が広がるな」


「やっと“戦術”って言葉が出た。えらい」


「上からだな」


「事実」


三本目……いや、まだ続く。

コユキが珍しく、言葉の出だしで一拍迷った。


「で、遺命操作(ゲノム・リライト)


「……その溜め、嫌な予感しかしない」


「正解。嫌なやつ」


コユキが一瞬だけ真顔になって、淡々と告げる。


「類似種族限定だけど、強制的に受精させたり、逆に阻害したり――そういう作用があるっぽい」


「………………は?」


僕の声が裏返った。


「待て待て待て。なんで回復とか防御の並びで、いきなり生物倫理が出てくるんだよ」


「ボクに言われても困る。……模写捕食(ミミック・イーター)が“掴んだ”」


僕が即ツッコむより先に、ディアが小首を傾げて、さらっと言った。


「……へえ。種族が違っても“可能性”が広がるのね。じゃあ私と秀人の――」


「待って! 今ここでその話を広げないで!」


「ふふ。冗談よ。……半分は」


「半分!」


コユキが冷めた目で僕らを見て、ぽつり。


「だから嫌なんだよ。その方向に会話が滑るから」


「お前が掴んだからだろ!」


コユキは一拍だけ黙ってから、珍しく小さく咳払いした。


「……というか。ボク、今まで“何でも”掴んでたわけじゃない」


「え?」


「変なのを拾うと面倒でしょ。だから、相手は結構選んでた。危ない匂いがする個体は、なるべく避けてた」


ディアが楽しそうに目を細める。


「そういえば……ゴブリン系とか、妙に距離を取ってたわね?」


コユキがむっとして、耳をぴこっと動かした。


「……あれは特に。掴んだら後悔する種類が多い」


「判断基準が生々しいな……」


「実務だよ、秀人。君の言う“リスク管理”」


「やめろ、仕事用語で正当化するな」


ディアがくすっと笑って、話を畳むように言う。


「でも、選べていたなら安心ね」


僕は深呼吸して、話を戻した。

視線の先で、コユキの尻尾が一本、二本、三本……全部きっちり立っている。


「……で。まだあるんだよね?尻尾、三本立てきったけど」


「ある。数は合ってる。尻尾は正しい」


「尻尾で進捗管理するな。会議のチェックリストみたいになってる」


「分かりやすいでしょ」


ディアが肩をすくめて、楽しそうに言った。


「秀人、続きを聞くなら……次の尻尾は、あなたが立てる?」


「立てない。普通に説明して」


コユキは、立てた尻尾を一度だけ揺らしてから、淡々と続けた。


「はいはい。次。……四本目、魔力撥弾(マナ・リバウンド)


「四本目ないよな……」


「分かりやすいでしょ」


コユキは悪びれずに言い切る。


「一回だけ、当たった魔法を弾き返す。タイミングが必要だけど、強敵ほど刺さる」


「反射か。……一発逆転の札だな」


「そう。そういうの、嫌いじゃないでしょ」


「……否定できない」


五本目――というより、“残りはこれだけ”の合図。


「五本目。鼓動感知(ハート・トレース)


「ない尻尾に番号振るな」


「……鼓動と魔力の脈動で、視界外の敵の位置を取る。透明や隠密にも効く。背後、取られにくくなる」


「それ……地味に便利すぎる」


「地味は正義って言ったの、誰?」


「……僕だな」


「じゃ、褒めて」


にぱっと笑って、耳がぴこっと揺れた。

ずるい。

こういう顔をされると、こっちの負けだ。


「整理して説明できるの、さすがだ」


「当然の結果」


ドヤ顔で毛づくろいを始める。

でも、ほんの少しだけ照れてるのが分かるのが、また悔しい。


ディアが立ち上がる。


「では、こちらもどうぞ」


ダイニングに、湯気の立つ料理が並ぶ。

香りだけで、身体が“帰宅した”と再確認する。


「寝ている間に用意したわ。疲労回復……というより、精神のほうね。温かいものは効くでしょう?」


「……効く。めちゃくちゃ効く」


一口食べて、思わず息が漏れた。

うまい。

体の奥がほどける。


ディアがカップを置き、少しだけ声を落とす。


「それで。反省点も確認しましょうか?」


「……技能共有結(コードリンク)が切れたところだな」


僕は頷く。


「痛みで集中が一拍揺れた。金曜からの滞在で、精神の疲れも溜まってた。……あの瞬間、呼吸みたいに繋がってた糸が切れた」


「うん。だから次は、切れない対策だけでなく“切れても立て直す手順”を作る」


コユキが淡々と言う。


「仕事も同じ。想定外はゼロにできない。だから復旧手順がある」


「……まさか、ここで業務の話が出るとは」


「出るでしょ。秀人だもん」


ディアが柔らかく笑う。


「あなたはできる人よ。……だからこそ、“大丈夫じゃない瞬間”も想定しておいて。強さって、そういう準備よ」


説教じゃない。

ただの事実として言われるから、素直に入ってくる。


「はい、先生」


「先生役、また増えた」


コユキがぼそっと言って、僕は笑った。


食後、ソファに沈み込み、ふぅと息を吐く。

その横で、ディアが静かに通常サイズへ――いや、もうずっと通常サイズでいる。


「ん……ちょっとだけ」


そう言って、肩に体重を預けてくる。

髪の香り。

落ち着く甘さ。

さっきの“甘き呪縛”とは、まるで違う。


「……こうしてると、全部報われた気がする」


「まだ途中よ。道のりは長いもの」


「それでも……今くらい、いいだろ?」


「……ふふ。少しだけ、ね」


ディアが膝の上をぽん、と叩く。

コユキが渋い顔をして、でも乗ってくる。


「今日だけだからね」


「ありがたく、モフらせていただきます」


ふわふわ。もちもち。

右肩にディア。膝にコユキ。


テーブルの上、プレートの隅っこで、スーラがちょこんと座っていた。

ぷるん、と小さく震えて、こちらを見上げる。


──静かで、温かくて、柔らかい時間。


(こういう“回復”があるから、また潜れる)


ゲートの攻略は続く。

でも今は、この安らぎの中で、心を整えていたかった。


読んでくださりありがとうございます!

第五章は、秀人たちの「足場固め」の物語でした。


・Lv50の壁を突破し、新たな領域へ

・万能スキル『黒想鋳具』や『自在操作』の獲得

・ディアやコユキとの連携(と胃袋)の強化


全ては、次に訪れる大きな波乱(第六章)を乗り越えるための布石です。


続く第六章のテーマは「仮面の告発者」。

人間の悪意が動き出すとき、秀人はどう動くのか。

秀人が社会人として、そして帰還者として、どう落とし前をつけるのか。


ここからさらに加速します!

ぜひ、第六章も一緒に走っていただけると嬉しいです!

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