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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第五章:共に在る戦場と日常

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061話『帰還と、湯気の現実』

「……帰ろう」


言葉は短くした。

余計なことを言うと、また引きずる気がしたから。


コユキが尻尾を一度だけ揺らす。


「うん。今日は十分。……時間があってもこれ以上やると、判断が鈍る」


ディアも、いつもの柔らかい声で頷く。


「賛成よ。目標は達成したんだし、ここで欲張らない。……あなた、ちゃんと戻ってきたんだもの」


その“戻ってきた”が、胸に刺さる。

僕は頷くだけで返して、転送陣でなく帰還ゲートへ向かって歩き出した。


右腕のスーラが、ひんやりと寄ってくる。

ぷに、と小さな振動。

――大丈夫、とでも言うみたいに。


「私はブレスレットに戻るわね。また……お家で」


ミニチュアのディアがふわりと浮かび、ブレスレットへ滑り込む。淡い光が収まり、気配だけが残る。


「じゃ、先に」


コユキも短く言い残し、影の縁へ溶けた。

スーラもついていくように、ぴょん、と跳ねて影へ――。


──転送陣を抜けた先で、顔なじみの隊員さんが目を丸くする。


「今回は……本当に長かったですね」


「ええ。さすがに疲れました。今日は大人しく帰って寝ます」


身体は平気だ。

問題は、神経のほうだった。


終わった途端に、どっと疲れがやってくる。


着替えを済ませ、汗を拭き、施設をあとにする。

新大阪のホームの雑踏が、やけに現実っぽくて眩しかった。


電車のシートに沈み込む。

視界がゆっくり遠のいて――


『秀人、次で降りるわよ』


柔らかく、少し申し訳なさそうなディアの念話が、意識を引き戻した。


「……助かった」


ふらつきながら玄関を開けて、ただいまを小さく言う。


(……やっぱり家は、空気が違う)


まず浴室へ。

言葉にしない。


(――やっと、シャワーだ)


身体を温水で洗い流した瞬間、肺の奥まで息が入った。

皮膚の上から、ゲートの湿り気と緊張が一枚ずつ剥がれていく。


“戻ってきた”って、こういうところで実感する。


「三時間だけ、寝る。起こして欲しい」


返事はない。

でも、いる。

それだけで十分だった。


「……ん」


鼻先に、やわらかな感触。

コユキの肉球が、軽く、正確に、起床ボタンみたいに押してきた。


「時間。三時間、きっちり」


「ありがとう……相変わらず正確すぎる」


「ズレると、秀人は一気にだらけるでしょ」


「……だらけるって言うな」


「だらける。目も死ぬ。口も半開き」


「具体的に言うな!」


言い返そうとして、ふと違和感に気づく。

コユキの毛並みが、妙にふわっとしている。


艶が戻って、白が白い。

耳の裏まで、きれいに整っていた。


「……コユキ、風呂入ったか?」


「……秀人が寝てる間に、影から出て浴室借りた。空いてたし」


鼻先に、石けんの匂いが残っていた。

僕は笑って、リビングへ。


「改めて……ありがとな。それと――スーラ、ようこそ」


影の縁から、スーラがぷるん、と現れる。

ソファの前まで跳ねて、嬉しそうに震えた。

テーブルの端にちょこんと乗って、こっちを見る。


(……新しいメンバーが増えた、ってことか)


ディアが通常サイズで現れ、カップを置いた。

髪の香りがふわりと混ざって、部屋が静かに整う。


「じゃあ、今回の成果、まとめましょうか。あなた、こういうの好きでしょう?」


「好きというか……仕事の癖だな。やったことは棚卸ししないと落ち着かない」


「だよね」


コユキが当然みたいに頷いた。


ソファに背を預けて、息を吐く。


「僕は……レベル、51から53」


「うん。想定より上がってる。戦闘回数が多かったしね」


“褒める”というより“事実”。

その言い方が、逆に頼もしい。


「それと、40階クリア報酬の……三つ目のスキル」


僕は右手を開く。

掌に漆黒の魔力を集め、意識を注ぐ。

形が立ち上がる。

槍――いや、いまは槍の形にしただけだ。


黒想鋳具アーマメント・フォージ


黒い槍が、掌の上で静かに脈動する。


「魔力から“意志の武器”を鋳造する。形状はイメージ次第で変えられるし、出し入れも速い」


「うわ。……また物騒なの手に入れたね」


コユキがじっと槍を見つめ、目を細めた。


「それ、ディアの影響あるでしょ。色も質感も、なんかディアの幻影の槍っぽい」


「……言われると、否定しづらいな」


ディアが口元を隠して、小さく笑う。


「あなたの“イメージ”で出てくるなら、半分はあなたの色よ。……でも、影響があるのは当然よ。血の契約と|魂縛契約で、混ざってるんだもの」


「混ざってる、って言い方」


「嫌?」


「嫌じゃない。むしろ――頼りになる」


ディアは一瞬だけ目を丸くして、すぐにいつもの顔に戻った。


……契約の影響があるのは、たぶん事実だろう。

けれど同時に、タイミングが出来すぎてもいる。


金属バットの見直しを考え始めた矢先に、“意志の武器”を鋳造するスキルが手に入った。

しかも直前に、腹を貫く幻影として刻まれた“槍”のイメージまで残っている。

――偶然にしては、妙に噛み合う。


(もしかして、スキルって……本人の適性や願望に引っ張られて形を取るんじゃないか)


そう考えると、技能共有結(コードリンク)も説明がつく。

会社と家の往復、独り身、同じ日々。

――僕はたぶん、気づかないふりをして“信頼できる誰かと、同じ場所で苦楽を分け合える繋がり”を欲しがっていた気がする。


(考えるのは後でいい)


「……ふふ。じゃあ、その武器の使い方は、あとで“事故らない範囲”で試しましょう」


「はい、先生」


コユキが鼻で笑った。


「先生役、増えた」


「あなたもよ、コユキ」


「じゃあ、ボクはブレーキ役。二人が暴走したら止める」


「ツッコミ担当ね」


噛み合ってるのに、どこか張り合ってる。

この感じが、いつもの僕らだ。


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