表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第五章:共に在る戦場と日常

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/78

056話『朝のサプライズと、世界が開く音』

朝の空気は静かで、ほんの少し冷たいくらいがちょうどいい。


階段を下りて、ぼんやりした頭のままリビングへ向かった──その瞬間、僕の足はぴたりと止まった。


「……おはようございます、秀人」


そこにいたのは──

パジャマ姿で、通常サイズのディアだった。


「……は?」


いや、待ってくれ。

でか──いや、元の姿だ。


しかも手には湯気の立つティーカップ。

ソファに腰掛け、紅茶を静かに味わっている姿は、どう見ても“気品ある朝の貴族”。


「お、おはよう……って、なんで!?」


「ふふ。昨日お話しした通り、短時間なら本来の姿で活動できるようになりましたので……少し、試してみたくて」


頬にかかった金髪を指で払うその仕草は、妙に堂々としていて──

僕の寝起きTシャツ姿との落差がひどい。


「心臓に悪いサプライズはやめてくれ……」


「たまには、こういう朝も良いでしょう?」


紅茶をひと口。いや、本当に貴族だな。


やがて、ディアの身体が淡い光に包まれ、ふわりと縮んでミニチュア姿へ戻った。


「……はい、朝の演出は以上です」


「演出って言った……」


でも、不思議と悪い気分じゃなかった。


気を取り直してノートPCを開く。

慣れた椅子、コーヒーの香り、ほどよい静けさ。


(……やっぱり、家での仕事は落ち着くな)


データを整理しながら、ふと思い出す。


「そういえば、明日は出社する予定だったな。……必要なもの、先にまとめておくか」


予定表を確認し、ひと息ついて軽く背筋を伸ばす。


そんな何気ない作業をこなしているうちに、

静かな午前は、いつも通りゆっくりと終わりに近づいていった。


仕事を終え、玄関へ向かった僕は思わず固まった。


「……え、うち、通販倉庫に転職した?」


段ボール。段ボール。あと段ボール。


するとリビングからコユキが現れ、タブレットを軽く掲げた。


「午前中に届くよう調整しておいたほうが効率的だと思ってね。置配されたものは、全部偽映結界(ミラーシェード)風景擬態(フォリアージュ)のスキルを使いながら玄関に寄せておいた」


「三日分の遠征準備だよ?これが最低ライン」


その冷静な言葉に、僕は思わず笑ってしまった。


そういえば、政府の依頼報酬用に作った口座の電子決済権限を、“活動支援の範囲で” とコユキに渡したのだった。


「購入履歴、用途ごとに分類してあるけど見る?」


タブレットには、すべての購入品と理由が丁寧にメモされ、分類されて並んでいた。


「……本当、コユキがいれば生活成り立つな」


「当然」


その一言が妙に誇らしげで、可笑しい。


ふわりとキッチンからいい香りが漂った。


「お待たせしました。保存食の準備、ひと通り終わっています」


ミニチュアのディアが、小さなお盆にぎっしり詰めた容器を抱えて飛んできた。


「こんなに……?」


「三日間ですから。影収納に入れておけば鮮度も落ちにくいわ」


淡々と影の空間へ容器を送り込むディア。


…………なんだろう。

本当に、サポート体制が万全すぎる。


(……これ、僕も全力で返さないと釣り合いとれないな)


そんな気持ちが自然と湧いた。


午後はスーパーとドラッグストアへ。

カートいっぱいに補給物資を詰め込み、準備を終える。


その後、サブゲートを通り94階層へ。


「軽い調整で十分だと思うよ。体力は温存したほうがいい」


コユキがいつもの落ち着いた調子で言う。


「ええ。無理を重ねる必要はありません。……軽めに進めましょう、秀人」


ディアも静かに続ける。


二人の段取りに従い、スキルの基礎コンボとコユキとの連携を何度か確認する。


「動きは悪くないね。反応も整ってる」


「このくらいで切り上げるのが最適でしょう」


汗をほんの少し流したところで、訓練は終了した。


サブゲートを抜け、自宅の物置部屋へ戻る。

ふと視線を上げると──昨日の夜に触れた電子ピアノが、静かにそこに置かれていた。


(……そういえば、久しぶりに触ったんだよな)


元嫁が弾いていたピアノ。

僕も昔、タブレットをMIDIで繋いで「音ゲー感覚」で練習していた時期があった。


けれど、仕事、生活。

そして離婚を経て──ピアノはただの“置物”になっていた。


椅子を引く音が静かに響く。

指を鍵盤へ置く。

昨日の感覚をゆっくり呼び起こし──音を鳴らす。


昨日、最初は何度もミスしたフレーズが、今日は自然に繋がる。

指先と音の流れが馴染んでいき、部屋には、思った以上に美しい旋律が広がった。


静かな余韻を胸に残したまま、物置部屋を後にする。


そのまま風呂へ向かい、熱い湯に身を沈めると──

指先の感覚が心地よく緩んでいくのを感じた。


(明日からの準備も進んでるし……悪くない時間だな)


風呂上がりに夕食を済ませ、ようやく落ち着き、リビングへ。


ソファに腰を沈めてなんとなくスマホを手に取り、ニュースアプリを開いた。


その瞬間、画面いっぱいに躍る見出しが目に飛び込んでくる。


《ゲート総合プラットフォーム、正式リリース》

《世界157ヶ所の大型ゲート、マップで一挙公開》


「……ここまで一気に出すのか」


自然と息が漏れた。

興味に任せてリンクをタップすると、地図が切り替わり──思わず言葉を失う。


世界地図が、赤いピンで埋め尽くされていた。


大きなピンだけで157ヶ所。

小さなピンは……数えるのを諦めるレベルで散乱している。


「……世界中、こんなに出てたのか」


地図の密度そのものが「異常事態」を語っていた。


試しに日本をズームすると──

見慣れた都市名の上に、赤いピンが立っている。


新大阪、新宿、名古屋、博多、広島、仙台、札幌。

全部で七つ。どれも“国の軸”とも言える主要都市だ。


スクロールして世界へ視点を広げると、他国の数も手加減なしだった。


アメリカ:ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、ヒューストン、サンフランシスコ、シアトル……合計13ヶ所。

中国:北京、上海、広州、成都、西安などで11ヶ所。

インド:デリー、ムンバイ、バンガロール、ハイデラバード、コルカタ……9ヶ所。

ロシア:モスクワ、サンクトペテルブルク、ウラジオストク、ノヴォシビルスクなど6ヶ所。

ブラジル:サンパウロ、リオデジャネイロ、ブラジリアなど5ヶ所。

ドイツ:ベルリン、フランクフルト、ミュンヘン……4ヶ所。


「……完全に“戦略拠点”だな、これ」


経済、人口、軍事、地政学的価値。

世界の“要”ばかりをピンポイントに突いてくる配置。

偶然とは、とても思えない。


スクロールした先には──つい最近訪れたハノイにも、大型ピンが立っていた。


「コユキ、これって……地理的な影響力を基準に出てる感じ?」


「そうだと思うよ。都市規模と位置、交通の結節点……全部、説明がつく」


「人の営みと力の流れ……ゲートは、そういう場所を選ぶのね」


ディアの言葉が、妙にしっくり来る。


日本に視点を戻し、新宿のピンをタップする。


【階層情報:14階までクリア】


博多は11階。広島は8階。名古屋は6階。


そして──新大阪・仙台・札幌は【非公開】。


「……新大阪の情報、やっぱり伏せてくれてる。九条さんの配慮だな」


嬉しさと、重い現実の両方が胸にのしかかる。


世界地図を見下ろしながら、思った。


(僕たち……確実に“戦線の真ん中”にいるんだな)


三人で、無言のまま地図を眺める時間が少し続いた。


他の情報ページでは、階層別モンスター、各国の攻略状況、帰還者の分布など、これまで断片的だったデータが一気に体系化されている。


「こうして見ると……情報そのものが武器になるな」


ぼそっと呟くと、コユキが片目を細めた。


「状況を俯瞰して判断するのは、秀人の得意分野でしょ」


「ええ。そういう冷静さ……私はけっこう好きよ」


少しだけ照れくさくなるが、二人の言葉が素直に胸に落ちた。


大きく息を吐く。


(──明日から、新大阪ゲートだ。目標40階層……)


今の自分にできることを、淡々と積み重ねていけばいい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ